屯所の庭先が何やら煙たい。そう思って部屋の障子を開くともくもくと辺りに漂う黒煙。 何事だ、と騒ぎ立てる暇もなく目線をやった先には浅黄色の浴衣に黄の帯をした女が座っていた。

「オイ、。何やってんだァ、」

今日は非番だったため部屋で句を考えながら煙管をふかしていたところだった。俺の煙よりも 余程凄い煙幕が庭を埋め尽くす。最早後姿だけで分かった女の顔は振り返っても予想通りの笑顔だ。

「それが…今日蔵の掃除をしていたんです。」

困ったような声色で蒸し暑い日差しとは正反対の柔らかな表情。煙管の中で詰まった灰を床にぶつけ庭先へと 落とす、その様子を眺めつつ女の続きの言葉を待った。

「そしたらこの七輪が出てきましてね、…少し汚れてたんですけど物はいいですよ。」
「で?」
「掃除をして今晩は七輪を遣ったお料理にしようかと思って海で貝を拾ってきたんです。」
「それを庭で焼いていたらこのザマか。」
「流石土方副長、洞察力が素晴らしいですね。」
「一体何をどうやったらそんなになるなんだ、つか煙てェんだよ。」

煙は天高く上る、何だ何だと寄ってくる隊士達が鬱陶しく感じ部屋に戻れと凄むと草鞋を履いて庭先へと出た。 何をやってるんだ俺は。こんなん放っておけばいい話だ、でも上手く焼けねぇくせにがどんどんと貝を七輪の網へ 乗せるものだからいてもたってもいられずに傍へと寄る。幾分俺より背の低い女は見上げるように顔をあげて 「すみません。」と一言だけ謝った。その表情は申し訳ないと思ってねーだろ、と分かるような表情だ。ひと睨みするが 全く怯まずは七輪を団扇で扇ぐ。

「やめろ、」

咄嗟に手が出た。袖に広がる紫陽花の模様がゆれ、浅黄の生地から伸びる白い手首を掴むと彼女は驚いたような声をあげた。 女とは言いがたいような小さな奇声で俺はすぐさま離す。ばかやろう、団扇で仰いだら余計に火が燃えあがり煙 が充満するだろうが。なんてこいつに言っても通用するんだろうか、そこまで馬鹿ではないことを信じたい。

「余計酷くなるだろ」
「すみません。」

今度は本当に懺悔するような気持ちの篭った言葉だ。伏せられた睫毛にぽつりと水分が落ちる。さっきまで晴れ間はどこへやら。 細い線を描くような雨が一つずつ降っては地を色濃くする。空から見れば、俺達はきっと正反対に見えるんだろう。 黒い俺と白い、きっと極端でもし同じ仕事場に居なければこうして話をすることもない関係だっただろう。そう思うと少し、 女のことが気になった。

「どうやら私の出した煙が雨雲を呼んでしまったようですね。」

鈴を転がすような笑い声が、雨の音を掻き消す。の言葉には何かしらの重みと奥ゆかしい感性を否が応でも思い出させる。 風邪を引かないうちに部屋に入るよう誘うか、それとも縁側に連れて彼女と同じ模様の紫陽花が植えられた庭を見るか、 さァどうしたものか。

「さて、私は七輪を片付けてきます。」
「御苦労。」
「貝は無駄になってしまいましたが目的は果たせましたので、」

一体どういう意味だ、と怪訝に思い彼女を見遣ると朱色に染まった頬が髪の隙間から覗いた。呆然と立ちすくむと、 は黙って七輪を持ち蔵の方へと歩き出す。そこで初めて気づいたのだ。馬鹿はどっちだ、俺の方じゃねェか。 は馬鹿ではない、頭の良い理性的な女だった。手伝う余裕もなく消えそうな背中に、

「後で部屋に来い、手拭いくらい貸してやらァ。」

そんな言葉を投げかけていた。





偲ぶる恋、されど燃ゆる

(20080614|まさかの歳三さん。賄いの片恋話でした)
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