陸、
容態は殆ど末期の状態に陥っていた。

伍、
雪村の地は羅刹となった俺の身体には本当に優しいほどの居心地さを感じる場所だった。 そこは彼女に似ていた。労わる様に接し、一杯の愛情をもって慈しむような、そんな、処。 俺にとっては安息の場でもあり、痛むほど自分の変わってしまった身体と彼女に 対する想いを感じさせられていた。

肆、
その日は、いつもより夕日が落ちる時間が長く感じられた。 山の向こう側の斜陽が一層赤くて、燃えているように見える。 もしも本当に燃えていたら、と考えて、またぼんやりと静かに時間が流れるのを待つ。 夏もう終わりか。それにしても暑い、とそう呟いていたら彼女が桶に水を張って持ってきてくれた。 本当に気の利く女の子だと感心しつつも二人縁側に並び足を浸ける。水が一気に足へと纏わりつく感覚 が何とも言えない。煩いほど鳴いていた蝉が静まり返ったように周囲の様子を窺っている。 俺は一羽の蝉を掌に乗せた。僅かな命とはこの事を言うのだろうと、しばらく眺めて そっと土に返そうとした、が、命が短いのは、俺も同じじゃねえかと気付いた瞬間 ぐしゃりと押し潰してしまっていた。蝉は容の残らない、ただの殻になってしまった。 俺は容がある。けれど蝉にはそれが無い。ただ、少しでも優越感に浸りたくて、静かに目を閉じた。

参、
全身に染み渡る様に骨の髄まで忍び寄る音が聞こえる。 終焉は近い。自分の身体だから尚更、よく解る。だけどには解らない。
否、解りたくなどないのだ。

弐、
「俺さ、今まで何度も迷って、遠回りばっかしてきたけどさ、此処まで辿りつけて、生きてこれたのはのお陰だと思う」
「……平助くん?」
「お前がいなきゃ生きられないって、俺の勝手な我儘だって分かってんのに。お前を傷つけて、この先苦しめるって分かってんのに」

瞼を開けば、俺の瞳一杯に映す彼女の姿。
痛いほど好きなんだ、お前のこと。痛くて痛くて、こころが悲鳴をあげるほど、愛してるんだ。

壱、
組み敷かれた布団は太陽の日の光を集めて、温かい匂いがした。 ただもう其れだけで生きていると感じるような彼女の心遣いに一息吐く。 自分の凡てでいいのなら、そう、彼女に捧げたい。俺の、俺だけの、 「、」云うと本当にこの世の終わりかと思う様な表情で彼女が顔をあげた。 嗚呼、解ってるんだ。俺がお前にこんな顔をさせてるってことも、全部。 だから、最期でいいから、俺の、俺の我儘聞いてくれるか?

寝てるときに、こんなこと言うのって狡いよな
でも、もう時間が無ぇみたいでさ
俺、お前のこと、好きになって、良かった。ほんとに、ほんとにそう思えるんだ

「なぁ」
「…」
「………もっと、もっと幸せにしてやりたかった、昌恵」

言葉を発す度に、蝋燭の灯がゆらゆらと揺れ、炎を沈めてゆく。
良い人生だったなんて一言で括れるほどのもんじゃねえ。
俺は、俺の人生は、お前が居たからあったんだ、と、

「愛してる。こんなこと言って、ごめんな、」

精一杯、頬の筋肉に力を入れた。
なあ、。俺は、うまく、わらえただろうか?

零、
命はやがて尽きる。仮に題するとしたら、この戀は、





仮題



(何一つ伝えたいことが伝えきれなかったジレンマ。伊庭さんの作品が素敵過ぎてこれ書いてる途中に三回くらい泣いて 手が止まりました。参加有難う…!//20091004.慧) inserted by FC2 system