夏の暑さで気が狂いそうだった。 蝉が品のない声でみんみんと、否、もっと煩くて耳奥まで残るような強烈なぎいぎいとした音を 私は歯を食いしばって聞いていた。 畳に寝転がればもっと涼しいかと思っていたけど、この部屋は全く風通しがよくない。 彼はいつもこんな部屋にいるのだろうか。頭の中が蒸しかえすように熱いのは 恋人のことを考えいるわけではない、このもんもんとした熱気がただ私の脳内を巣食っている。

「何、人様の部屋でごろごろしとんのや。」
「だって…あつい。」
「暑さは誰にでもふりかかってんねやからお前だけごろごろすんな。腹立つ。」

烝もあまりの暑さに苛立っているのか、両手に抱えていた医学書をどさりと机の上に置いた。 しかしそれは乱暴に落としたのではない、やはり大切なものなのだろうなと思いつつ 横ばいになって彼を見た。烝は「邪魔。」とあの特有の低くて冷たい声で言い放ち私の べんけいを蹴った。きっと軽く、だったのだろうが力を抜いていた私にとっては思わぬ攻撃で 防ぎきれず結局悶えて一時畳の上で這いずった。いたいじゃないかこのっ、生理的な涙が目に浮かび 烝を見上げると彼は平然と目の前に座って医学書の虫になっていた。 この人がこうなってしまったらそれは最後、読み終えるまで相手などしてくれない合図なのだ。 私はひどくつまらなくなった。

「すすむー」
「・・・。」
「すーすーむーう」
「・・・・・・。」
「ススムン!」
「うっさいわ。」

すとん、と軽快な音が耳のそばで響く。その心地よい音色に半分驚きつつ何だろうと顔を横に向けると 畳へ垂直に突き刺さったクナイが見えた。え、ちょ、いくらなんでも彼女に向けてその仕打ちはないでしょうううう! 「黙れ。」私が抗議の言葉を吐きかけた瞬間に、塞がれた唇。抵抗なんてできるはずがない、振り上げた手も すべて制されて抱き寄せられる。暑い、暑い、熱い、あつい、…そしていつの間にか離れた 口と口。私は息をぷはあっと吐きだすと熱をもった表情のまま烝に「ありきたりな展開。」そう言った。なんだかんだで かまってくれる彼が好きだ、大好きだ。抑えられない衝動を胸にもったまま彼の名前を呼んで抱きついた。

、暑苦しい」

ぼそり、と不快そうに表情を歪めて烝は言ったけれど医学書を片手に私の背に腕をまわしてくれたのがわかった。 胸いっぱいに埋め尽くされたこの想いをさあどうしようかと私は考えざる得なくなった。



温室フラワー

(20080727|ありきたりなお話になってしまいました、ごめんなさい。露へ愛をこめて、 慧) inserted by FC2 system