突然、肩にのっかった重みにうっかり声を零しそうになった。 横目で恐ろしいものでも見るようにそっと目線を配せると、 彼女の髪が視界に入る。やわらかい線を描いてそれらは揺れた。 バスが動くたびに微弱に伝わる振動に、緊張も解けてどうやら俺たち は眠っていたらしい。通学路、と言っては何だが登下校でいつも 帰る道のりを窓辺に座ってただぼんやりと眺めていた。 銀杏の並木道が見えて、木枯らしが吹いて、ああもう冬だなって思った。









「爆睡じゃねェかィ」

が起きるか、起きないか程度の独り言を呟く。 これで起きたら爆睡ではないものの、案の定彼女は起きなかったため 俺の言葉は無言の肯定になった。

いつもなら俺が先に途中下車、彼女はその先で下車になるわけだが、 今日は気分がよかったのだ。降りるはずのバス停を通り過ぎて 彼女の家に最も近い停留所へと向かう。そして、分かっていて俺は 下車ボタンを押さずに見送った。バスはどんどん走りだす。 微弱な揺れを伴わせて、見知らぬ場所へと走り出す。 窓ガラスに映った自分の顔には、より一層深い笑み。 好奇心を掻き立てられるような気持ちへと変わり、今まで 纏っていた倦怠感も睡魔も全て洗い流された。 とうとうバスは終点に辿りついていた。

、そろそろ起きなせェ」
「…ん、あれ、総悟。もう着いた?」
「終点でさァ」
「え?ええええ」
「ほら降りなせェ、さっさと戻りやすぜ」
「ど、どうして起こしてくれなかったの!」

気分。とか言った日にはぎゃあぎゃあ喚くだろう。 まったくもってそれは耳障りでしかならねェんで、 さもあっさりと「俺だって寝てやした」嘘を吐いた。 たったその一言だけで納得したのか、は それ以降文句を言うことも無く下車し、 また来た道を戻るバス停に向かう。

「寒いねえ、総悟」

俺の後ろをとぼとぼと無言で歩いていたが突然声を発した。 思わず、心臓が裂けるかと思った。吃驚させんじゃねーよ、のくせに。

「マジさっみ。何とかしなせェ
「ええ、え、そんなこと私に言われても、あ、手袋ならあるよ」
「貸せ」
「はい、」
「何で片方なんでィ」
「私も寒いんですけどおおお」
「両方貸しやがれ」
「お、横暴だあ、」

鞄から取り出した、女物の手袋を奪おうとするとひょいっと 彼女は後ろへ隠した。たちまち不機嫌になった俺の表情を おずおずと眺めた後、「私にいい方法があるから、」と、 鼻を真っ赤にさせて言う。実はそんなに不機嫌でもなかったし、 寒いわけでもなかった俺は、少し、優越感に浸る。 何故ならがこの先言おうとしていることが分かるからだ。 彼女はゆったりとした動作で左手に手袋をはめた。そして、 俺にもう片方を与えた。俺はそれを右手にはめる。 を見下ろすと、彼女は目で笑った。

くん、と金木犀が香る。バス停に並んで立つと俺の左手は 生ぬるい温度で丁度温かくなっていた。

「もう冬だねえ、総悟」
「ああ、そうだな」

道理で彼女に触れたくなるわけだ。
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