時はまるで足早にすぎていく、そんなことを誰かが言ってたっけ。 私はぼんやりと先生を眺めた。出会ったころからまるで変わらない髪型と 人を馬鹿にしたようなアイマスク。ただそれだけで、あのときあのころの 気持ちが切ないくらいに蘇る。

日誌やら学級委員の仕事やら卒業までのアルバム制作やらで遅くなった私が、 沖田先生の居る進路指導室に辿りついたのは夕暮れを通り越した夜と言ってもいい。 いつもならグラウンドで野球をやっているはずなのだが、時間が時間だった。 光の溢れる場所に彼はいた。安っぽい蛍光灯が煌々と光る。部屋は先生がいつも吸っている 煙草の匂いがして安堵する。

「先生、起きて」

ソファに横になり爆睡していた先生を起こすのは忍びない気分だったが、 私の進路指導がまだだ。きっとクラスの中で最後になってしまっただろう。 そっと彼の肩を揺らす。先生は、一瞬間を置いて「ん、」と唸ると大きな欠伸を一つして 身を捩った。真っ赤なアイマスクをずらすと閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。 目線は宙に舞っていた。

「…あれ、」
「先生?です」
「…ああ、お前か」
「こんなところで寝てたら風邪ひきますよ?」
「夢を、…見て、」

そこで先生の長い睫毛が揺れる。定まらない視線が弧を描くように私へと向けられた。

が泣いてる夢。」

一旦誰かが私の脳内に停止ボタンを押した。 え、何、急にどうしたんでしょうかこの人は。もしかして寝ぼけていらっしゃるとか? だけど妙に、先生の声は澄んでいて紅茶のような瞳も焦点が合っている。

「私の、夢?」
「…訂正。泣いてなかった」

一瞬、先生は言ってはいけないことを言ってしまった後悔の顔をした。 しらばっくれるように欠伸をもう一つ加えると、「進路指導だったなァ、」と 何事も無かったようにパイプ椅子に座った。それが音を立ててあまりに軋むものだから 私は気を確かに持たせられざる得ない。

(先生はやっぱり、あの時のことしっかり覚えてたんだ)

妙に心臓がばくばくと拍数をあげた。握った手にじんわりと汗がにじむ。
それは確信へと変わった。きっと、訂正したのは、

「私、先生の前で泣いたよ」

呟いた言葉は静かな放課後の進路指導室に響いた。 知らない振りも大人な先生からすれば本当に簡単なことなんだろう。 私からすればそれは、隔てられた壁みたいでほんの少し嫌だった。 嗚呼、だから私は、まだまだ先生からすれば子どもなんだろうけれど。

「これからも多分、先生の前だけでしか泣けない」
「泣けないんじゃねェ、泣かないようにしなせェ」

じゃないと俺の立場が無い、と、はにかんで笑った。 先生と生徒、総悟と私。本当の私たちはどれなんだろう、よくわからない。 この関係を例えるならあやふやな天秤だ。

黙った私はふと思考をとめて先生をみた。 相手はもう既に、笑顔を消していた。整った唇が結ばれて 口角を下げる。そうしてほんの少し、机に手をついてこちら側へ 体重をかけてきた。校則を破ったときのような瞳が優しく私を捉えて 離さない。吐息がかかる、近づく、彼が、近くに、いる。 私はとっさに睫毛を伏せた。

、秘密だぜィ」

次の瞬間、もう先生の影は私から離れていた。
だけど確かに彼は、今、おとこのひとのかおをしている。




公然の


 シークレットラブ

( 本家様のファン故に自分の文に納得いきません。が、 愛は溢れています。十万打おめでとうございました! // 20091011.慧 )
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