おいおいそりゃあないだろう、まさしく漫画の世界だ。 え、何これいじめ?いじめだよね? ていうかあたしもしかして目の敵にされてんの?

「これに懲りたら金輪際沖田くんに近づかないでよね」

見渡す限り女で埋め尽くされたその集団は、リーダーを筆頭にぞろぞろと雁首揃えて 帰っていく。え、何様。マジで、何様だこいつら。女王様気どりか。 それはこっちの台詞だアアアアこのヤリマン女どもめ!と叫びたかったが、流石に 放送禁止用語入るうえに、そこまで言って倍返しされるのはもっと怖かったので (いや、ほら、一応あたしもおんなのこってやつだからこんなに囲まれたら怖いよ) うんガチで怖い。ていうかはっきり言ってちびるかと思った。

それもこれも全部、沖田総悟っていう万年サディスト彼氏のせいなんだけどね。

あたしは中学二年の時から伸ばし続けていた、髪を見下ろした。 それは地面にがっつりと散乱している。まるで此処で青空美容室でも開いたかのように、 毛の塊が落ちている。この暑さに参っていたとはいえ、まさかこんな短い髪に なるとは予想外の出来事だった。望んでもいない散髪とはこのことだろう、 思わず溜息をつく。それよりも幼稚で何よりも馬鹿げた行為をしたあのヤリマン女ども にどうやって仕返しをしてやろうか、そればかり考えてしまう。 (実際出来るかどうかはおいといて、)あいつらほんと、呪われてくれないかな。

これじゃあまるで、

「いじめじゃん」

ちゅーと吸い上げた苺牛乳のパック。それを掴む、指は男の手。 声は顔に似合わず低くて、やさしい。先ほどの女たちが戻ってきたのかと 臨戦態勢に構えていた私は目から鱗だった。

「総悟。」
「いつの間にイメチェンしたんでィ」

散らばった毛山を見て二言。「ホラーか」、「まじ引く」。 この時点であたしの怒りボルゲージがマックスに上りつめて、とうとう爆発した。 「いやむしろあたしはあんたが苺牛乳を飲んでる時点で引くわ」 (これが精一杯の反抗だとは、なんとも情けないけど)

「誰の了解得てそんな髪に?なに、失恋?失恋なの?ダッセエ」
「ちょ、だまってくんない?感傷に浸らせてくんない?」
「まあいいんじゃね、俺、短いのすきだし」
「誰もあんたの好みなんて聞いてないよ」
「実際は木村カエラみたいなのがいい」
「じゃあ今の髪型全然だめじゃん!」

なんかもう泣きたくなりました。すると、ぐしゃり、何かの潰れる音がして顔をあげると 総悟が笑っていた。紙パックをなんかもう原型とどめていないほどぐっちゃぐちゃの めちゃめちゃに握りつぶして笑っていた。(あ、れ、なんか超悪寒)

「しかしまた、人の物に手ェ出すなんざ、いい度胸でさァ」
「誰があんたのものだってエエエ」
「かーちゃんも言ってただろィ」
「言わないから、サドの定義で話さないで」
「さあて、来い。」
「どこに連れていくの!ちょ、」
「十倍返しといきやしょうや」

ぎゅうっと強く手を握られた。その力加減はきっと先程の紙パックを潰した 時よりも弱弱しくて、だけど、あたしを救ってくれる力。 どうにもこうにも全世界を敵に回した時のような気分に陥っていたあたしにとって まるで俺が味方だと言ってくれる王子様みたいで (きっと総悟はただ、こういうのが面白いだけなんだろうけど) それでもうれしくってうれしくって、ほんと純粋にこいつがすきだなあって思った。

「桁が一つ足りないよ。百倍返しじゃなきゃ、」

あたしがそういうと、あんまりにも彼が爽やかに笑うから、 落ちた形見に別れをつげる暇さえなく二人で走り出した。





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