少し隙間のある空洞から息がこぼれおちていた。
口角に笑みを浮かべ、長くて黒い睫毛を伏せる。
子どもの寝顔は天使だと、誰が言ったことだろう。
上手い表現を使うものだと、総悟は思った。
「それにしてもまァ、だらしない寝顔だ」 真夏の暑さにでもバテたのであろうか。 そういえば姉も夏はあまり体調が芳しくない。女ってやつは、そういう生き物なのか。 どちらにせよ、総悟にとって彼女の存在は今疎ましいものだ。 狭い部屋にこうも大の字になって寝られては、自分の昼寝場所が無い。 なんとかして起きないものかとも考えた。自分が彼女を叩き起こすのは 容易なこと、だが、この暑さにすべての体力を持っていかれるような気がして それさえも面倒臭い。 「、。」 総悟のけだるそうな声がすぐ傍で眠っている少女に向けられている。 は近所に住む、幼馴染だった。物心つく頃から総悟は彼女を 従えて遊んでは、ふざけ過ぎた悪戯を繰り返していた。 順応についてくる彼女が、友達の居なかった彼にとって可愛くて仕様がなかったのだ。 ずっと妹分のように思ってきた。だが、先日この武州から出て江戸で一旗挙げることを近藤から聞かされた。 総悟の心は決まっていた。故郷を捨てて姉を置き去りにすることに抵抗は多少なりともあったが、 近藤は初めて自分がついて行きたい、守りたいと思ったそんな大きな人だった。 「ん、」 寝息を零して彼女の身体が左へ転がる。ふと我にかえった総悟はをもう一度見た。 残りの気がかりと言えば、こいつだけである。 本当に疎ましい存在だ、と、そう心の底で思えたらいいものの 今日で彼女の姿を見るのも最後だろうと、そう、思った。 神社の壁に落書きをして神主に追いかけまわされたことや、 駄菓子屋の婆にずるをしてアイスを余分に貰ったことや、 はたまた土方を陥れる計画にも無理やり参加させたこともあった。 (そういえば、いつも俺の隣にはこいつが居たんだっけか) 少し名残り惜しいような、それでも明日から新しく踏み出す一歩に 逸る気持ちでいっぱいだ。 そして総悟はその興奮を抑えきれないまま、に接吻をした。 初めてのそれは檸檬の味がするらしいと近藤さんが教えてくれたが、 なんだ、味なんてしねェじゃねえか。 味なんてない、あったのは彼女の幸せ想う心だけ。 (尋ね人ステッキさまへ title by 不眠症なラベンダー) |