部屋は暗く淀んだ空気をしていた。 掃除は先日したばかりなのに、こんな濁った空気になったのは彼が突然部屋に やってきて鋭利な目線と言葉を私に向けたことによる事後だった。

「甘ったれんじゃねェよ」
「…何で、総悟が怒るのよ」

怒っているのは私のはず、だ。なのに、いきなり人の部屋にあがりこんで この仕打ち。ふざけるな、と大きな声で言いたいのは山々なのだが 今そんな雰囲気ではないということが私の脳で訴えて警報を鳴り響かせている。

彼は、本気で、怒っていた。

「最初に言ったはずだ」

確かに、総悟は最初に言った。 あれは私達が付き合うことになる前、駄目元で好きだ告白した私に対して 総悟は「お前のこと疎かにするかもしれねェ」からと首を縦には振らなかった。 仕事が忙しいことは知っていた。それでもいいから、と縋ったのは私の方だ。

なのに、怒らせてしまった。

ど、と一発響く鈍い音。反射的に動いた私の肩は強張ったように竦まれる。 恐る恐る見上げると、心底冷めきった表情の総悟が私を見下ろしていた。 右手は障子を破って、外に飛び出している。もし廊下で歩いてた人がいたなら、 きっと吃驚仰天しただろうな、とぼんやり考えた。だけど私も、 震え上がる身体の感覚を知りつつも冷静な脳だけは持っているらしい。 しゃんと背筋を張れるのだから、

「私だって寂しくなるんだよ」

不器用なりの精一杯な、本音だった。 分かっていた。総悟が忙しいことも、自分より近藤さんや真撰組を優先に考えていることも。 それは暗黙の了解、というよりは私の中で当たり前のことだった。 私と付き合ったことにより、彼の大切なものが疎かになるのも嫌だから今まで文句一つ 言ったことなんてなかった、(なのに、)限界だったのかもしれない。

7月8日、言わずと知れた彼の誕生日。 前からその日だけは絶対にあけておいてと言っていた。 だけど、その前日、突如として約束は破られた。もちろん理由は簡単。 彼の仕事だ。仕事の内容は、深く語られなった。 だけど何年も女中として此処に努めていたら、知りたくなくとも分かってくる。 街の評判やら、瓦版に書かれる「真撰組凱旋」の文字。 そうやって急に彼が駆り出される夜は、 ほとんどが討ち入りと言う名の元に行われる過激派たちの粛清だ。

私はその夜、日付が変わっても一人だった。

誕生日当日も勿論、後始末が残っている彼らに休みなどあるはずもなく 仕事に追われる。総悟なら、何か理由をつけてやってきてくれるかもしれないと 思って待っていたけれど、私は今日一日中部屋で一人きりでいた。 そして特別な今日と言う日も終わりかかった時、仕事を終えて総悟は部屋を訪ねてきた。 そんな彼に対してそのどうしようもない怒りと寂しさをぶつけたのは先刻。言葉と感情は不思議なつながりで出来ているらしい、 一度溜められたものを吐き出せば一気に出てくる。彼を傷つける覚悟はその時に出来ていたのかもしれない。

「私は普通の女なんだよ」
「だから何でィ、今更蒸し返すんじゃねェよ」
「もう総悟なんて大嫌い」
「それはこっちの台詞でさァバカ
「謝ってよ」
「お前が謝れ」
「何で私が謝らなくちゃいけないの」
「…人が一生懸命仕事やって終わらせて帰ってきたと思ったら、」

苛立ちを隠すように溜息混じりで総悟が言葉を吐く。 彼の本音など滅多に聴くことが出来ないから私は耳を澄ます。 少し、ほんの少しでいいから歩み寄れればいいと。

「大体誕生日祝うくらい明日だっていいだろィ」

だが先ほどの行為で冷静さを取り戻した彼は、握りしめていた拳の力を抜いた。 心底落胆する私を見て困ったような顔をした。「それじゃあ駄目なの」と言わなくても 伝わっているようだ。

総悟は少し間を置いて考えた後、今度は言葉を選んだ。

「俺は多分、これから先もアンタを優先することはねェと思う」

けど、だけど、

「来年は一緒に居てやる」
「…もう、破らない?」
「そこは約束できねェけどな、」

肩を竦めた総悟の提案は、どうやら私にほんの少し歩み寄ってくれるようだった。

「来年と言わず、今からじゃ駄目かな」

私の出した提案も、総悟に歩み寄ろうとしているものだったから、 さっきまでむくれた面をしていた彼は綻んだ糸のように不意をついて無邪気に笑った。 それだけで泣きそうになった私は隠すように総悟に抱きついた。 汗の香りがほんのり漂う、「お風呂入ってないの?」「風呂どころか飯も食ってねぇよ。 土方のあん畜生が馬鹿みたいに書類置きやがってそれ終わるまで帰らせねェなんていうから サボってやろうと思ったがそれが終わらなかったら一ヶ月非番なしだの無茶苦茶なこと言いやがる。 だから、意地でも終わらせて即ぶっ殺しにいってやろうと思ったが、…それも時間が惜しいだろィ」 要するに、早くあんたに会いたかったんでさァ、とさらりと薄情する。 こういう時だけ少年のように総悟は素直に気持ちを話す。 卑怯だよ、そんなこと言われたら私が「ごめんね」って言わざる得なくなっちゃうじゃない。 だけどおかげで、いつだって謝るのは私だけど、好きをまっすぐに貫いてくれるのは貴方だって分かったから まあそれでもいいのかもしれない。否、きっとそれで良かったのだ。





366日全部が7月8日だったら、

そんな誕生日を終える 一分前の出来事

きっと喧嘩なんてしないのにね


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written by 慧 ;-) ソナチネ inserted by FC2 system