「どけ」
 どすん、と頭から押さえつけられるように声が聴こえた。見上げると声の主は不機嫌数値マックスをらしい、彼の場合は毎朝そうだけれど。 「あ、ごめん沖田」すっかり話しこんじゃっててさ、とへらり。繕った笑いをすると数値が限界点を突破したのか射抜かれるように睨まれた。
 「テメー謝れ!」
 「チャイナ、俺ァ今機嫌が悪いんでィ。やるかコラァ」
 「望むところネ、表に出ろォオ」

 ( また始まった ) 私は二人のやりとりを交互に見る。  毎朝同じ会話をしているのに飽きないなんて、やっぱり馬が合うんだなあと感じる。沖田と私の友達の神楽は、3Z内だけではなく全校生徒中に知れ渡っているほどの犬猿の仲である。 だけど私はそうは思っていなくて、むしろこの二人は傍から見てもいい関係だと見ている。…だって、喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ?あーあ、さっさとくっつけばいいのになァ。頬杖をついて繰り返される会話を子守唄のように聞く。目を閉じても彼と彼女のやり取りが見えてくるようで、私は深い深いねむりに落ちた。









 がたん!ぱちぱちと目を瞬かせると朦朧とした意識を覚まさせるように脳内をフル回転させた。ここはどこ?「やば、もうこんな時間!」どうして誰も教えてくれなかったの、さっきまで喧嘩していた神楽と沖田はどこに行ったの?勢いよく目を覚ましたせいで頭が痛む、外はもう真っ暗だ。どうやらあのまま居眠りをしすぎてしまった私は3年Z組の誰にも起こされずにずうっと寝入っていたらしい。私も私だけど、ここのクラスの人間もどうかしてる。基本的に慣れ合いを好む連中じゃないことは分かっていた。 3年Z組は全校にあるどのクラスを比べても髄を抜いて変わり者が多いクラスだ。それは誰かが言ってたわけではない。だがほとんどの生徒が知っている、暗黙の了解というやつ。その中に平凡な私 ( と、自分では思っているが本当はどうなんだろう? ) がこのクラスに居るということが少々受け入れがたい現実である。もしかしたら、私も普通じゃないのかもしれないけど…少なからず神楽みたいに喧嘩は強くないし大食いでもないことだけは確かだ。
 「アホらし、帰ろ」
 「何ブツクサ言ってんでィ」
 「…なーんだ沖田か」
 振り返るとそこには沖田総悟。先ほど、 ( と言っても何時間も前だろう ) 神楽と痴話喧嘩していた人物である。私がびっくりしたー。と真顔で言ってみせると全然驚いてねえじゃねェか、と小突かれた。彼は胴着姿だった。沖田が、剣道部に所属していてその腕前が凄まじく良いということだけは知ってる。それほど彼は俗にいう学校の有名人、なのだ。
 「教室に何か用?」
 「用はねェけど、誰かさんがまた爆睡しすぎて寝てんじゃねーかと思って、な」
 「あ、心配してきてくれたんだ?せんきゅー」
 「し、心配なんかしてねェよ!ふざけんな!風邪ひいちまえバァカ」
 「何この仕打ち。 ( …あれ、何か可愛いんですけどこの人 ) 」
 「つかまだ電気ついてたし消しに来ただけだって」
 沖田は煌々と光る照明をパチリと消した。教室はその瞬間に闇に落ちる。明るさに慣れていた私の目は、その急激な変化に耐えれず彼の姿さえとらえることが出来ないうえに出口が分からなくなってしまった。
 「ちょっと沖田。前が見えないんですけど、」
 「ドンマイ。そのまま机にぶつかれー」
 「どういう嫌がらせ…!」

全くあんたって人は。日頃の不満をぼやいているとがっつり机にぶつかってしまった。向う脛を打った私は「〜〜〜ッ」あまりの痛みで声が出ず、悶えるようにその場に落ちる。てか、マジで、痛いんすけど。
 「すげー音しやしたねェ」
真っ暗で、何も見えない。だけど沖田が面白そうな表情をしてこちらに向かってくるのだけは分かる。何で分かるかっていうと、これは女の勘だ。打ったところを確認しようと自分で脛を触れる。じりじりと当たった部分が焼けつくように痛むのを感じる。もしかしたら痣になってるかも、なあ。
 「どうしてくれんの、嫁入り前なのに」
 「大丈夫大丈夫。その大根足ならすぐに治りまさァ」
 「沖田おまえマジで死ね」
 恨めしそうに私が言うと、あははと頭上で沖田が笑った。どんな笑顔かは、想像が出来る。神楽をからかった後、沖田はいつも笑う。あはは、と真夏にソーダアイスをかじった時のような炭酸が弾ける笑顔で笑う。そんな彼をずっと半径1メートル以内で見続けてきた。 だから、今、わかるの。



ブランコのような恋だ、と
( あんたがどんな顔をして笑っているかなんてお見通しだよ。 )
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