世の中は、まったくもって不公平だ。

私は、これで三度目となる席替えに肩を落とした。 毎度毎度目が悪いわけでもないのに何故か一番前の席になる。 しかも、いつも、教卓の近くなのだ。 目の前に教師と言う名の監視があると授業中に居眠りをしたり、 隠れて漫画を読めなくなる。これは私にとって一大事なのだ。 それなのにこう何度も前の席になると、公正なクジ引きで行われた 席替えも裏工作をされたのではないかと疑うくらいの気持ちに陥ってしまう。 今日から一番良いポジションである(と私が思っている)後方、窓側の席( 先生から見えない位置)に移れるのではないかと淡い期待を抱いて学校にきた時間も 想いもすべてが打ち砕かれた。教卓の前へと教科書やら鞄やら、荷物を移動させた時の 挫折感といったらその時が最高潮だった。 ふと、後ろ髪を引かれたような気がして、私が今日一日中そこであるようにと神様に願っていた 席を見た。

風が吹いて亜麻色が揺れる。窓際のベストポジションを陣取っていたのは、 風紀委員の沖田総悟くん。 総悟くんは席替えするやいなや、眠りについたのだろうか。 机に突っ伏して私が睨み据えても一向に顔をあげない。いや、むしろこのまま あげないでいてほしい。今、私のこの顔を見られたらきっと天下の総悟くんでさえも 吃驚仰天だろう。凄く酷い顔をしていると思う。 (あーあ、そこの席は、私が狙ってたんだよ) 心の中で悪態をついてみても、彼は微動だにしなかった。眠っているんだろうか、なんて、 いつの間にか席のことよりも総悟くんのことばかり考えていた自分に少し驚いた。 まあ、でも、考えるのも無理はないだろう。なんていったって、彼はぜんぶがきれいだから。 髪の毛だけではないのだ。肌、瞳、睫毛の一本に至るまで、総悟くんはきれいなのだ。 その亜麻色の髪の毛は綺麗に色が抜けていて、すごく上手に染めたんだなと思っていたことがあった。 けれどいつの日だっただろうか、彼が周りの男友達と話しているときにこれは天然でさァと言っていた のを盗み聞いたことがある。

ふるりと総悟くんの肩が動いた。反射的に身体を翻して前を向く。両肘を机について、 わざとらしく頭を抱えてみた。(どうか、見ていたことがばれていませんように!)

「良く寝やした」

私と彼の席は随分離れているというのに、澄んで聞こえる総悟くんの低い声。 寝起きのせいなのかいつもより掠れて聞こえる。私の耳は、どうして、こんなに 熱いの?心臓が早鐘を打って、息苦しい。くらくら、くらくら、眩暈を覚える。

「あれー俺、いつの間にこの席になったんで?」

どうやら周りの友達に話しかけているよう。 他にもいっぱいクラスメイトが喋っているはずなのに、音を、拾わない。 私の耳が反応するのは何故か総悟くんなのだ。

「なんでィ、また寝呆けてたようでさ」

雑音がモノラルで発せられるように聞こえる。 研ぎ澄まされた神経を刺激するように突然、音はステレオへと切り替わった。

「ってことでよろしく」

亜麻色の髪が目の前へと現れ、蘇芳色の二つの瞳が私を捉える。 まるで心ごと持っていかれたように時間が止まった。 総悟くんは定規で測ったらほんの数センチの差であろう近くに現れた。

「え、…ぇ、総悟く…」
「お前の隣は俺でさァ、」

どうして私の目の前に彼が居るのかも分からず、見つめる。総悟くんは十八の男ならではの笑みを浮かべていた。こんな美形に微笑まれて、好きにならない女の子なんて居るんだろうか。 (いや、私は絶対に好きなんてならないけど、さ。)好きとか、じゃあ、ない。(と、信じたい)

「宜しく、
「どうも」
「つれェなァ、…アンタ俺に来て欲しかったんだろィ」
「勘違いじゃないでしょうかそれ」

総悟くんがサディスティック星から来た王子様ってことくらい私はお見通しだよ。 短期間で女子を調教したり、サドだけでは説明できないエキセントリックな性格をしていることも知っている。 だから、私は、あなたになんか恋しない。

「勘違い?ふうん、でも俺はもうアンタの後ろ姿は見飽きたから」

はてな、を浮かべる私の頭上に乗せられた彼の手。撫でられる、なんて優しいものじゃない。 強引なほど強い力で引き寄せられて思わず目を見開く。一体、何事だろうか。

「そろそろ横顔でも見せてくれねェと張り合いがねェだろィ」

子どものような奔放さを振る舞う彼を見て私は瞬時にこの動悸のわけを理解した。






( ああ、困ったどうしよう! )
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