店の外で沖田くんが蹲ってから早30分が経とうしていた。 今日の飲み会で酔いがまわった彼はそこに座って動こうとしない。 やれやれ、困ったことになった。

「沖田くーん、」

参った、本当に参った。俯いた彼の表情は見えなくて、このままの状態 だと帰る時は朝を迎えることになりそうだ。ひゅうっと私と彼の間に 冷えきった風が通り抜ける、秋の香りがするなあと一人で栗色の 髪を見つめた。一緒に飲んでいた仲間達は酔っぱらって流れ解散になった。 残ったのは、数人の友人。沖田くんを心配して残っている同僚や、 迎えの車待ちをしている私の友達。なんだろう、この微妙なメンバーは。 私も飲みすぎて頭ががんがんと脈打っている中、冷静に考える脳だけは 持ち合わせていた。

「沖田くん、こんなところにいたら風邪ひいちゃうよ」

見下ろす形になって、沖田くんに喋りかける。膝を抱える彼の肩をそっと揺らすと 「やめろ、気持ち悪ィ」と一言かすれた低い声が響いた。よかった、どうやら意識は あるみたいだ。「、」「何。」名前が呼ばて鳥肌が立つ。 いつもの呼び方とまるで違う、知らない男の人みたいな声。

「背中さすって。」

すとん、と私の心が音を立てるように脱力した。もう、何言ってんのさ、情けない。 これくらいで酔っちゃって全く性質が悪いよ沖田くん。これじゃ私が帰れないじゃない。 (帰る気なんてはじめから、なかったけれど)私は沖田くんの背をゆるゆるとさする。 吐いちゃうんじゃないかなと思ったら案の定「吐く。」と呟いた。慌ててコンビニから 持ってきていたビニール袋を差し出すと今日食べて飲んだものをすべて吐き出していた。 こんな情けない姿見ても、別に嫌だとも何とも思わない自分に正直驚いていた。 私って沖田くんのことこんなに好きだったんだなあ、「大丈夫?」そう聞くと 彼は、こくんと頷いて俯いたまま。顔なんて見えないけど、少しだけ安堵した。 弱ったあなたを見るのも、悪くない。いつもなら寄り添ってなんていられないから 今だけはいいよね。

、寒ィ。」
「…寒い?やっぱりタクシーで帰ろうよ、私送るから」
「先、帰れ。正直俺、今は無理でさ」

心の底から怪訝そうな音をあげる。顔を下から覗きこむと、彼は目を閉じていた。

「沖田くん、こんなところで寝たら風邪ひくよ」

もう一度軽くゆすると、「うぜぇ、やめろ」と言われた。ああ、もう情けない。 なんで私こんな人すきなんだろう。寒がる沖田くんの手を取るとあったかかった。 「…お前の手、冷たいんでさァ」「誰のせいだと思ってるの。」「お前帰れ」 「沖田くん置いて帰れるわけないじゃん、心配なんだよ?」本音だった。 このまま朝を迎えたら確実に彼は風邪をひいてしまう。ねえ、でも、 私が手を取ってることはかろうじて分かるんだね。

「沖田くん、あのさ、」

返事はない。死んだんじゃないかって思うくらい辺りは静かだ。 周りにいた友人たちもすでにいなくなっていた。

「私があなたのこと好きって言ったら、どうする?」

空が明けてきた、落ちる沈黙も沖田くんと私がこれから先どうなるかも、わからない。 だけど何か変わってほしいと思ったの。 いつだってあなたは私の気持ちを知ってて見て見ぬふりをしてきたから、どうしても 捕まえておきたかった。弱ってる今言うのは卑怯かな? 覚えていてほしくないから言うのは、卑怯なのかな?

「…俺ァ、」

いつものように屈託なく笑うその表情が見えなくて、少しだけ泣きそうになった。





ノンフィクション

(ごめん、やっぱりなんでもない。)
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