時計の針は灰かぶりの魔法が解ける時間をとうに超えていて、 仕事をやっと終えた俺は大きな欠伸ひとつをして椅子から立ち上がった。 溜まりに溜まっていた始末書を放っておいたら期限ぎりぎりだということに数時間前気づいたのだ。 もう寝よ、と電気を消そうすると障子の隙間から何かの気配を感じた。 一体何でィ、そう思って締め切った障子を開いたかと思うと 窓いっぱいに大きな丸くて白いつき。色褪せたような赤みをさして 不気味に煌々と光を放っている。思わず目を逸らす。 満月はあまり好きじゃない。

あっという間に障子を閉ざす、人が綺麗だと思うものは すべて綺麗に見えないのは俺が汚れた人間だからかもしれない。

「ばかばかしいや、」

枕元に放られているアイマスクを拾い上げる。秋の匂いがする部屋に 夜中まで起きていたからこんな感傷的になったんだ。 言い聞かせるように布団に潜り込むと想像していた冷たさがなく 心音が高まるほどの温かみを感じて仰天する。

。」

居たのか、お前。女中の部屋は此処じゃねェぜ、と丸くなった背を撫でるように 腕を回す。すうすうと吸って吐いてを繰り返す息を彼女はしていた。

「来るなら来るって前もって言っておいてくだせェ、つーか何 人の布団占領してんでィ。」

腕を力を強めると息苦しいのかは表情を歪めた。んん、と声を漏らすと 睫毛が震えて開く。その仕草に一瞬息を呑む、くそうお前何て顔してんでィ。

「あ…れ、…そうご?」

いつもより低い寝起きの声、額と額をぴたりと合わせるとくすぐったそうに笑った。 夜着の間から覗く白い鎖骨に吸いつくように口付けを落とすと褪せた赤みがさした。 まるで月のようだと、思った。

「明日冷えるらしいですねェ」
「ん、もうすぐ冬だしね」
「どうせ年末も仕事ですぜ、うえー」

やっと覚醒し始めたのかくすくすと音をたててが笑う。 体を寄せるようにこちらへと来たので、抱き締める力を強めた。 あたたかくて脳内がぼんやりと歪む。彼女といると変に 気が緩んで俺らしくない、くそう。

「あったけぇ」
「…冷え込むだろうから、温めておいたんだ」

たまにこいつはそんなことをする。俺が前に冷たい布団は嫌いだと 言ったことがあるからだろうか、このアホがそこまで覚えてるはずがない。 ぼんやりと目を閉じると唇に押しあてられるように柔らかい感触、 それがの唇だと気付くのに時間がかかる。ああ、もう俺なに してんだよ。好きな女が傍に居ることがこんなに心地良いなんて今更実感 かよ、かっこわりィ。しばらく落ちる沈黙の後、 先に寝てたくせに、と俺はようよう言葉にしてすぐに眠りへと堕ちた。



シンデレラ

ラブストーリー
(おやすみ、総悟。と彼女が囁いた気がして)
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