彼女の口内は桃色というよりは紅っぽい色をしていて、それが大きく開かれた時、 俺はたまに中をぐちゃぐちゃにしてやりたいと思う。それは煩ェ女だからかもしれないしが ぱっとした理由は特に思い浮かばない。

「いたーひー」

掴んだままのの顎から手を離す。こいつの顎ってちょいと力を入れりゃ粉々になっちまいそうだ。 そうなればなったで面白いかもしれないと考える。ただ少し彼女の目いっぱいに溜まった水分が 今にも零れ落ちそうなのを見て思考が停止する。あれこいつなんで泣いてんだァ。

「総悟のばーか!」

幼稚園児並の罵声が聞こえるとぱちんと渇いた音が響く。先ほどまでに触れていた手が 弧を描いて俺の頬にある。蚊でも叩いた時のような鈍い痛みを感じる。 猫がじゃれてくるような戯れをして俺に触れる彼女は決して理屈でものを言うタイプではない。 むしろ本能のままに動く言わば動物の雌みたいなもの。そんな女と俺がどうしてこんなことになっている かというと理由は相手にある。

「ねえちょっと私の話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ケツ毛のすげェちょい悪なカブキ者にコロッといっちまったんだろィ」
「毛の話はしてないから。」
「穴まで毛だるまだったんで?」
「だから穴の話してないから。」
「アンタみたいな年頃はヤケドしてこれから大人になってくんでィ」
「ガキ扱いすんなよコノヤロー」

は自分より一回りも年上の男とこの前まで付き合っていた。 それを俺も知っていたし、も承知の上での交際だ。結構長かったような気がする。 まァこいつの恋愛話なんてぶっちゃけどうでもいい。それなのに寝ていたところ妨害されたことの 方が俺にとっちゃ一大事、お前の悩み相談箱じゃねーんだぞコノヤローと先ほどまでのよく伸びる頬をひき千切れろと言わんばかりに引っ張っていたところだった。

「自分で蒔いた種だろィ、」
「…分かってるよ。」

さっきまでの元気はどこへいったんだ。本当に浮き沈みの激しい女だと、内心悪態をつくが 彼女があまりにもしょげているので少し胸が疼く。

「でもほんとうに…愛してたの、」

あんまり頼りない笑顔で笑うもんだから、少々驚く。こいつこんな顔もできたのかと今まで 自分が見てきたが本物ではない気がして戸惑いを覚える。でも確かに、女中の仕事が終わって 少し彼女の休憩時間に話すくらいの関係だった。だから俺と居る時間よりもずっと 元彼とこいつが一緒に居る時間の方が多かったに違いない。そりゃそうだろうな、でも、頭で はそう理解できても何故か心がついていかない。さっきまでなんとも思っていなかったはず なのに、…否、果たしてそれは本当にそうなのだろうか。俺はこの、なんとも言い難い心境 に混乱していた。

「ガキのくせに容易く愛してるだの言うんじゃねェ、」

そんなんだからつけこまれるんでさァと続けようとしたら「子どもじゃないもん!」とが 大きな声をあげた。俺の言葉はそのまま遮られ口から紡ぐことも出来ない。きっとそれは彼女の目 から大粒の涙がひとつ、ふたつ、みっつ、堰を切ったように溢れだしていたからだ。 慌てることなくその様子を落ちついてみることが出来た俺は、ガキじゃねぇかと心の中で繰り返す。 さっきまで笑っていたくせに今度は泣くのか、忙しいおんなだ。そうして俺は彼女の髪を ひと撫でする。まるで子どもを慰めるみたいに、

「そうかィ、そんなに好きだったんですかィ」

は堪えきれなかったであろう声を必死に抑えるように口元を手で覆った。鼻を啜るようにして何度も 何度も折れるかと思うくらい頷き大粒の涙を零す。 もっとガキみたいにわんわん泣くかと思っていたのだが こういう時に限って彼女は子どもにはならないらしい。 きっとそんな泣いているの顔を見たい、と思って覗き込んでしまった俺のほうがガキなんだろう。 どこもかしこもは赤かった。瞳も、瞼も、額も、頬も、鼻先も、身体全体の血の気が顔へ集まっている かのようにほんのり色づいている。俯かれた頭を自分の胸へと抱き寄せるとふんわり夕餉の匂いが漂った。 仕事を終えた後のはいつも飯のにおいがする、俺はそれが嫌いじゃなくてわざと近づいたりしたこともある。 だけどそれは子ども同士がじゃれあうような感覚だったのだ。今はもうが大人の女だと分かっていても、子どもを慰める口実のようにそっと掻き抱くことしか出来ない。 いつだって彼女は笑っていた。こうして俺の胸に縋ることなく、笑っていたのに。

「アンタもばかだねェ、俺にしとけばよかったのに」

肩越しに、あの時笑っていたと今泣いているのことを考えて、俺はこいつが好きなんだということを実感した。



笑顔よりも泣き顔が好き
(きっと、それは)(、紙一重の恋愛感情)



お誕生日おめでとう総悟さん。そして参加させて頂いた企画サイトさまに愛を込めて:-)0708 沖田総悟生誕祭2008
20080707:-)慧
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