あたしは多分世界一不運なおんなだ。先週は買い出しの帰り道、ハトに糞を落とされたし、 道端に落ちてる犬のうんこ踏んづけたりもした。外食をすると三度に一度はお店が定休日か臨時休業で閉まってることとかあったり、宝くじなんてもちろん今まで一度だって当たったことがない。 今日だって電車が人身事故で30分ほど停止し久しぶりに会う彼氏との待ち合わせ時間に大幅に遅れた。 待ち合わせはいつも駄菓子屋の前にあるベンチだ。彼はここの駄菓子がお気に入りらしく大抵会う日は此処に来る。

「おせェ。」

あたしが急いで走ってきた気配を察知したのか、恋人がそう呟いた。ごめん、あのね電車が人身事故で停まってね…なんて 言い訳を長々と喋った後、最近あった不運な出来事を話し始めた。彼はしばらく黙って聞いていた、というか アイマスクをしてベンチに寝転がっているためもしかしたら眠っているのかもしれない。けれどあたしはそんなのお構いなし。 どんどん溢れ出てくる言葉を並べては、立ったまま喋る。「…というわけでね、ここんとこ本当についてないの。」そこまで言い終えると、 彼が寝転がっているせいであたしの座る場所が無いことに気づいた。

「寄ってよ。」

息切れもおさまり、割と落ち着いた声が出た。そして彼は私が到着してから一言も喋らないままゆるりと起き上がる。 アイマスクを外すとさらりと前髪が落ちてぴょんと右方向にはねた。

「ねぐせついてる。」

あたしが髪に触れると、彼は柔らかく微笑んだ。

「テメー何分遅れてんでィ、殺すぞ。」

非常に怒ってらっしゃる。ここはもう謝るしかなくてすぐさま頭を下げた。

「マジすみません」
「お前のせいで俺の貴重な時間が潰れたじゃねェかィどうしてくれんでェ。」
「で、でも私も遅れたくて遅れたわけじゃないし。」
「知るか。俺の時間返せコノヤロー」

ぐわっと胸倉を掴まれる。思わず悲鳴をあげそうだったけれどあまりの迫力に言葉が出ない。

「時間が返せねェって言うなら払ってもらうだけでさァ…」
「え、なに。」
「身体で、」

茶色の瞳が一層濃くなったと思ったら、物凄い力が作用してまるで引力みたいにそのまま引き寄せられる。 視界は全て真っ暗になった。あたしの思考も停止して、ようやく感じ取れたのは唇に残る生ぬるい感触。

「…ここ、外なのに!」
「知るか。」

彼は目の前で妖艶に笑うとあたしのおでこと頬と唇に熱が集中する。やられてばかりじゃ悔しいから、「そういえば暑くなってきたよね、」と話しを逸らしてやった。 「ああ」と興味薄そうな返事が一つ返ってくる。彼の心はもうすでに別へといっていた。

「おーい、ばあちゃん。これくれィ」

横に長い冷凍庫を指差して彼がそう言ったとき、駄菓子に負けたと思った。そして駄菓子屋のおばちゃんとやりとりを交わす彼を横目に あたしはのんびりとその雰囲気を味わう。五月晴れのような空だ。すうと息を吸い込むと夏の匂い、もうすぐあたしたちは一緒に過ごし始めてから二度目の夏を 迎えようとしている。

「ほれ。」

目の前にソーダ味の棒キャンデーがちらついた。そこで一旦思考を停止しありがと、と言うと嬉しくなって自然に笑みがこみあげる。 こういう時間が、あたしはだいすきだ。彼と再び並んでベンチに座るとふたりでキャンデーを頬張った。 それは、じわじわと口内を冷やしあっという間にソーダの味が広がる。舌の上で泡のようにしゅわしゅわと 弾けているみたい。

そしてキャンデーに夢中になっている振りをしてちらりと見遣る。今日の彼はいつもの真っ黒い仕事服ではなく真っ白い普段着だった。 仕事の服を着ている時はそんなに居られない、というあかし。普段着を着ている時は一日中あたしの傍に居てくれるというあかしなのだ。 だからあたしは、彼が格好良く見える仕事服よりも普段着の方が断然好きだったりする。

、この後どこ行きやす?」

ごみ箱に投げ入れた彼の棒にはあたりの文字。そしてあたしの手元にある棒にはもちろんはずれの文字。 もちろん、駄菓子屋で売ってる当たりつき棒キャンデーなんて一回も当たったことがない。でもそんなことより、 ズルしたわけでなくあたりつきがでたというのに、もうひとつキャンデーをおばちゃんに貰わない彼に驚いた。

「珍しいね、」
「あ?」
「もうひとつ貰わなくていいの?」
「アホ。時間が惜しいだろィ。」

その一言に、はずれだけが残った棒をあたしもごみ箱へと投げ入れた。それは弧を描いて彼が捨てた場所へ音も無く落ちた。 今日はアンラッキーデーかと思ってたけどそうじゃないみたい。先に歩き出した彼に追いつくと腕を絡める。 暑苦しいと吐き捨てられたけど、めげないさ。

「この前ね、新しい雑貨屋さん見つけたの。そこに行きたいな」
「へーそんなラブホ行きたいんですかィしょうがねーなァ」
「…そんなこと一言も言ってないんですが」
「この前、新しいとこ見つけたんでそこ行ってみやすか」
「ちょ、あれ、あたしの意見無視?」

思わず離しそうになった腕を男の強い力で押さえられると引き摺られるようにして歓楽街へと歩き出す。 あたしは間違いなく、世界一不運なおんなだ。きっと総悟があたしの恋人になった瞬間に、一生分の運を使い果たして しまったに違いない。




アンラッキーガール

(でも、世界一しあわせな女なんだろうなあ)
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