バイト先にかっこいい人が居ますか?答えはイエス。私はキャラクターものの手帳を開き、5月の欄を人差し指でなぞった。 あ、爪ちょっと長かったかも。これくらいなら大丈夫かな。 うちのバイトは飲食店だから爪やら前髪やらがちょっと長かっただけで注意される。 こっちとしてはそういうの面倒臭いけどお金をもらっている身だからやっぱりちゃんとしようと思ってたり。 最初のうちは右も左も分からずにただ突っ立ってるだけのような毎日だったけど、最近ではある程度の仕事はこなせるようになり 苦手だった料理の名称もすべて覚えれた、はずだ多分。そんな仕事がやっと楽しいと感じるようになった理由は他にもある。 私より前に入っていた同じ年の沖田総悟くん、通称総ちゃん。この人がものっそいカッコイイと巷で噂の男の子なのです。 髪の色はカフェモカ色、どちらかといえば健康的な美白肌に整った顔立ち、瞳は色素が薄いルビーにコーヒーを混ぜた感じ。 そんな彼と何故かよく喋る私はもっともっと仲良くなりたいと思うようになり始めて、バイトに行くのもいつの間にか苦痛ではなくなっていたのでした。

「5月20日5時30分から、10時30分までっと。」
「…新しいシフト出たんですかィ?」
「うおぉ!び、吃驚したー…」
「俺ァお前の叫び声に吃驚したや」

隣の椅子にどさりと座った総ちゃんの右手には冷たいお茶の入ったビール用のジョッキがあった。 どうやら今日は休憩が一緒みたい。心の中でよっしゃ!とガッツポーズをした私は、総ちゃんに 気づかれないように髪の毛を整えた。

「うげ、五日連続勤務とかありえねェ」
「ご愁傷様ー。総ちゃん外面いいもんね」
「どういう意味でェ、

噴き出しそうになる笑いを堪えると総ちゃんが不機嫌そうにこちらを見た。私も一緒にシフト欄へ 目を落とす。あ、私は今回週3だ。少なくて良かった、なんて呟くと総ちゃんが「俺と代わりやがれ」 と言った。ちょっと可哀想だなァと思いつつも代わる気なんて更々ない私は彼の発言をさらりと流して 来る前にコンビニで買った缶コーヒーのプルタブに手をかけた。ぷしゅりと空気の抜ける音がすると、総ちゃんが こちらを見た。

「あ、ずっりー。一人だけそんなもん飲んで」
「いいでしょー」
「一口よこせ。」
「えー、そっちに凄い量の冷たいお茶があるじゃん」
「お前偉くなったなァ、俺のが倍働いてるんだぜィ」
「すみません、総悟様。どうぞお飲みください」
「当然でィ」

ふんぞり返った総ちゃんは私とのやり取りが面白かったのかニヤニヤとした笑いを顔にはりつけて 缶コーヒーを(半ば無理矢理)奪い取り、流し込んでる様子だ。まるでCMで出ても大丈夫なくらいの美形さだなァ と思いつつその横顔をじいっと見つめていると赤茶の目と目がぱちりと合う。まるで電気が走ったみたいに 目の奥がチリチリと焼けるような感覚がしたけど、私は不思議なほど落ち着いて総ちゃんと数秒間だけ見つめ合っていた。

「何、」
「何でもねェ、お先。」
「いってらー」
「あ、。さっき料理運び間違えてただろィ」
「え、…何で知ってるの?」
「アンタは目が離せないんでさァ」

まるで呆れたような、それでも彼のその言葉は落ち着いていた私の心臓を揺り動かすには十分の威力で 魔法にかかったみたいに固まった私の脳と身体はバタンと閉められた出ていった総ちゃんの後姿 だけ捉えることしかできず、スタッフルームの扉ただ睨んだ。ずるいよ総ちゃん、そんなこと言われたら 変に意識しちゃう。私をちゃんと見てくれてるんだなって勘違いしちゃうよ。気が抜けたように 時計を見ると自分もそろそろホールに出なければならない時間で慌てて立ち上がる。 机に置いてあった缶コーヒーを引っ掴んで口元まで持っていく、スチールから伝わる冷たい感触が 火照った身体に心地良い。 でも私は、どうしてもそれを呑む事ができなかった。




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