私は気づいていたけれど知らない振りをしていた。
彼から真っ赤なものを連想させる、そう、人間の血液の匂いがしていたことを。

永倉新八は吸血鬼なわけではない。
ただ、彼は、人斬り集団と呼ばれる一団の上に立つひとだった。 (実際に私がそう思ったことは一度もないのだけれど、世間一般ではそういうらしい)

あまり新八は多くを語らない。喋る事が嫌いなわけではないのだろうが、 彼の言葉は全て取りつくられた優しさでしかないように感じていた。 私のすべては新八に、依存していたし、新八もそんな私を大事にしてくれていたと思う。 だけど、それでうまくいくほど人生は甘くなかった。

新八が昔から一緒だったと言っていた親友の一人である、藤堂平助さんが分離という形の 脱退処分となった。正式な脱退だったからこそ、切腹は無かったものの何も聞かされて いなかった新八と原田さんは相当な衝撃を受けたようだ。 私には彼らがとても立腹しているように見えたのは、気のせいではないだろう。 こうして少しずつ、歯車はずれ、私と新八を取り巻く何かに微妙な 誤差を生み出していった。

そして予想した通り、ある日はやってきた。

「お別れだ」

新八の声は、神妙だったが、表情は至って冷静だった。 ただ、微塵も優しく接してくれていた昔の面影が無く、私は溜息を零した。 (困っている、のかな。でも、そうじゃない気もする) 彼に言った言葉は「別れよう」という同意を求めるものではなく 私の拒否を徹底的に引き下げる断固たる決断。 最初から、まるで、まったく私は彼の世界に入れてはいなかったのだということに そこで初めて目が覚めるように気がついた。

「分かった、なんて素直には言えないよ」
「どうして?とは聞かないノ」
「どうして?」
「…分かってるんデショ」

初めっから、君は、全部。とそこで新八は初めて、泣きそうなかおで笑う。 「そんなことないよ、」と言えたら良かったんだけど、 私が次に言葉を発せば、彼のために良くないことだろうと 我慢をするように喉を塞いだ。

そう、すべて、なにも、知らないでいられれば終わっていた話であった。 だけどあなたがくれた毎日は確かにに幸せであったと言えるから 私はその記憶だけで生きていけるんだろう。

「ねえ、最後に抱いてもいい?」

(ああ、そっか、) 一つだけ私が間違っていたとするなら、彼はやっぱり優しかったというわけだ。 血の匂いをさせて帰ってきた日は決して私を抱かず、 心配をかけぬようにと死番前日は口を閉ざした。 すべてが、永倉新八という存在は、 あまいあまい砂糖菓子のようにとけそうな優しさを持っているひとで 私はそれに包まれて守られていたんだと。

「ばかだなあ」

笑った。盛大に笑った(だってもう笑うしかないじゃない)
「今になって気づくことが多すぎて、」(泣けるよ、なんて。)
「君はいつでも俺を想ってくれていたネ」とそう、あなたが言ってくれるのなら 今離れることを赦してあげよう。

ああ、そういえば、ね、私を抱きしめた新八の腕は血の匂いなんてしなかったよ?
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