薄く閉じられた瞼と真っ白な肌、血をすべて失った女の姿がそこにあった。 (わずかだが、動揺した)そう、彼女の死に様は俺を戸惑わせた。 「這いずって生きてきた」という言葉そのものが全身に悪寒を走らせたのだ。 真実だろう、だが同情はしない。しゃがみこむと血溜りが袴の裾に染みこむ。 じわじわと布に浸透していくのはまるで、先ほどまで呼吸をしていた女の怨念かもしれない。 (こんなことをしてたら、恨まれても仕様が無い) 目を伏せると仏に直接触れるのを躊躇った俺は濡れた刀をすい、と振る。刃は紅く染めれらて 彼女の着物が剥がれる。青白い肌と闇に浮かぶ鎖骨と乳房が露和になった。 言い様の無い、何かが込み上げる。闇と彼女は、妖しくて不気味で、尚且つ綺麗に作られすぎた 贋作のようだ。そして破いた着物の懐から出てきた小さな折り紙。ぱらぱら、と細かく固く結ばれた 逸れを手に取ると封を開く。彼女の肌と同じ真白い粉がさらさらと零れ落ちた。

「こんなもんのために、」

独り言は虚しく零れ手の中でぐしゃりと折り紙が潰れる音がした。 もっと違う生き方をしてればこうならなかったんじゃないか、なんて殺した人間に同情し、 そしてこんなにも気にかけるのは初めてだった。そんな自分に戸惑いをも感じ、馬鹿げているとも思う。 敵に情けも容赦も無用。そうして俺は誠の旗の下で刀を振るうんだ。

「永倉さん。」

背後で聞こえた声にはっとして振り返る。其処には忍の山崎くん。 黒装束で闇に溶け込んでいるせいだろうか相変わらず、気配が感じられない。

「終わったヨ。」
「副長が遅いと心配しておられましたよ。」
「少々手間取った。」
「白でしたか黒でしたか」

山崎くんはに、ちらりと目線を送る。

「黒。証拠なら此処に。一応念のため調べておいて。」
「分かりました。遺体はどうしましょうか、」
「処分は任せるヨ。…じゃ、後は宜しく」

閉じられた彼女の瞼に目線を配らせると刀を無理矢理鞘にしまいこんだ。 帰ったら酒を呑もう。んで、副長に報告済ませて外泊届けだして置き屋にでも乗り込むか。 このなんともいえない気持ち悪い感覚を消したくて、たまらない。

「…永倉さん。袖が切れてますけど」
「新しいの手配してもらうヨ。」
「珍しいですね」
「…何が?」

山崎くんの神妙な声に思わず振り返ってしまった。すると彼はの裸体を見つめた後、顔をあげた。

「あなたが急所を狙わへんなんて。」
「魔が差したんだ。」
「隊長ともあろう人が?」
「それくらい、いい女だったヨ。」

そう、あの時飛ばせたはずの首をそうしなかったのは彼女が良い女だったからだ。ただそれだけだと自分に言い聞かせ 血の海を踏み越えるようにその場から胤を返した。





闇夜に行燈
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