新八は上手なのだ、何が上手かと言うとそういう行為すべてが。 接吻もそれ以上も何もかもが上手。私より年上ということもあるし、 それに積んでいる経験の数が違う。私の初めては新八だったけれど、 新八の初めてはきっと私ではなかった。そんなこと百も承知だけれど 知った時はそりゃァ軽く衝撃を受けて落ち込んだものだった。 今でさえ昔、彼が他の女の人に私とやったことと同じことをして 私に言うみたいに「愛してる」を呟いていたかと思うと心の底が真っ黒くなるのが 分かる。悶々として、まるで深い海に沈んでいくようなそんな気分。 だけど出逢った頃の新八なんて、そりゃぁもう酷いもので私を敬遠しては 心のどこかで引き寄せる、そんなひとだった。

「新八、…」

薄く目を見開くと寝息を立てて背を丸くして眠っている彼が居た。 整っていて、そして尚且つあどけない寝顔に思わず見惚れる。 本当にこういう時は女の私よりも可愛いんじゃないかと思えるほど、その言葉が似合う。 しかし夜はまたその逆で、男らしい顔と腕と身体と言葉全部が私の脳内を麻痺させる。 昨夜新八は私に言った、「こんなに愛のあるのは初めて、」だと。 今までずっとずっと我慢してきた、千切れていく糸を見つめつつも彼は私には一切触れず (いや、たまにの口付けや頭を撫でる行為はあったけれど)それさえも新八にとっては 勇気のいるものだったに違いない。彼は自分を卑下する傾向がある。思っている以上に 自分自身を穢れのあるものだと感じ戒めて、それ以上の行為を私にしたことなど一度もなかったのだ。 それを優しさだと思うのか、臆病だと思うのかは私の自由だった。

「ねぇ、…新八。もし、…」

もしね、私が貴方から離れようとしたら貴方は私を引きとめただろうか。

「……愚問、だね。」

笑って思わず、眠る彼の額にこつんと自分の額をくっつけた。 その丸まった背中に腕を回すと彼の深呼吸が伝わってくる。 じんわりと暖かい生の意識。(こんなに優しい人なのに、人を殺せるんだろうか) 否、現には殺しているからこそ今弐番隊隊長として存在しているのだと思わされる。 それでも昨日の彼は、本当に優しくて優しくて愛しかった。 だからこそ優しい新八は私が離れようとしたらそれを引き止めたりはしないだろう。 来るもの拒まず、去るもの追わず、それが永倉新八という男だ。

「しん、ぱち…私ね、幸せだよ。凄く凄く幸せ。」

例え貴方が人に忌み嫌われようとも、鮮血を浴びて帰ってこようとも、 世界中が敵にまわったとしても、何があっても私はきっと愛すだろう。 この腕の中で息を潜めて眠る彼を、なんとしてでも守るだろう。 愛しくて愛しくてどうしようもなく幸せが襲ってきて、いつ失うかも分からない彼を 想うと涙が溢れてきた。

「新八、新八、…しん、ぱち。」

ふんわりと漂う朝餉の匂ってくる、朝日の差し込む早い時間にまた彼は仕事に出かける。 あの羽織を翻して颯爽と、私をこの部屋に置いて。

「…いつ死ぬか分からなくても、今精一杯君を愛すヨ。」

突然、ぎゅうっと強く胸を締め付けられる感覚と切なさが私を襲った。 背中に広がる温かみ、低くて掠れた新八の声が耳元で聞こえる。

「起きてたの?」
「今、さっき。…君の泣き声が聞こえたから。」

朝が弱い新八は寝ぼけているようでそれでもしっかりと抱き締められた。 なんだか涙が止まらなくて「私も、新八を愛し続けるから。」と、 陳腐な言葉しかつむぐことが出来ないでいた。 それでもきっと彼は優しく微笑ってくれて「有難う、」と一言呟く。

「愛してる、 。永遠に。」












(あなたは、あなたの永遠をこんな私にくれるというのですか)












(♭20080222|貴方という存在はどうしようもなく愛しいのです 慧)
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