あなたは、言ったじゃない。私に、あいしてると。
それに嘘偽りなど無いのなら、どうか傍にいて。

「もう行くの?」

夜明け、烏もまだ鳴かぬ朝。それは闇を示してもよいものだと、私の母が教えてくれた。 闇に紛れ姿を隠すは狼、静かに獲物を待たずして仕留めるそれは野生の眼光を携えている。 その晩、私を愛してくれた人は筋の通った背を伸ばして大きな肩を少しだけこちらに向けた。

「なんだ、起きてたノ」
「黙って置いて行かれるの好きじゃないの」

そうだったの?それは知らなかった、じゃあ今度は君に左様ならの口付けを落としてから 出かけるとするよ。なんて言葉じゃ済まない事を彼は口にする。 幾分私よりも大人ぽい艶のある口調なのは、先ほどまで情を交わしていたからだろうか。

「ねえ新八、」
「なあに」
「---」

言葉は無常にも別れを告げる。人恋しい季節だと、私の身体に刻みつけたのは貴方だった。 それなのに焼けた素肌を晒しても尚、心は此処に有らず。 残された方の気持ちなど、この人は考えたことがあるのだろうかと意地悪を云った。 唯一の言葉さえも稚児の戯言に過ぎないと、 そうやって本心を何一つ私に分け与えようとしない彼は浅葱布を微かに揺らして嗤う。

そろり。傍に縋りついて、口吸いをせがむ。 しばらく重ねては離し、また重ねては離し、繰り返す。 乾いた唇はいつしか潤って、冷たかった彼のそれは熱く色付いた。

、もういいかな?」

より一層、項垂れる私に対してこうも易々と突き放すのはこの男くらいだ。 拒絶の選択肢すら失った私は、沈黙の了解をせざる得ず、言葉を飲み込む。 嗚呼、唇は潤っていても、喉がからからなのはどうしてでしょう。

「行ってくる、」

いってらっしゃい、私はいつもその一言が云えない。







( ピスメ連載再開、ドラマ化、おめでとうございます )
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