彼の傘はくるくると廻って、私をとある錯覚に陥らさせた。

 隣にいる神威は普段と至って変わらない爽やかな表情をしたまま 傘の影を踏み歩く。私は、それに遅れをとらないようについていく。 必死だったんだ。彼の横顔を見ていたくて、隣で並んであるきたくて、 いつもいつも必死だった。だから私は大事なところを見落として、 神威が一番何を嫌いとしているかも忘れて、深く想い続けてしまった。

 彼は何者にも囚われたくはなかったのだ、と、 気付いたのは私を傘の中に入れてくれなくなってからだった。

 私の後釜はちゃあんと居た。 吉原で見かけたことのある、それは大層綺麗な女郎だ。 そこで歩いている女、子ども、すべて、彼のもの。そして、私も、だ。 吉原が夜王から解放されたと言っても管轄下はすべて春雨のものであり、 神威のものでもあった。 彼は、こんな町になど微塵も興味はなかったようだが、たまに 着ては女と酒と大量の食糧を喰らっては帰っていった。 帰ったら帰ったで、姿を見せないことなど数ヶ月に及ぶ。 私はもう多分干からびてしまったんじゃないかと思うくらい、 彼に心をとられてしまった。 涙がからからに乾いて、恋しいと想う気持ちもなくなって、 いつの間にか殺伐とした何かが占領していた。

 如何こうしているうちに、神威は、また、吉原に足を踏み入れた。 その噂を耳にするだけで、胃液が口からでそうなほど熱く沸騰するような 感覚に陥った。そして沸点を過ぎたそれらは私にたまらず行動を移させる。

 久しぶりに神威の背を見つけたときは、何故か奇妙な感じだった。 いつも横に歩いていたから、私に背を向ける彼の姿など見たことがなかったからだ。 そうして見慣れない彼の背中に思い切り刃を突き立てると、予想通り空を切った。 手に何の感触も持たないでいる。いつの間にか熱は私を氷点下の世界へと追いやっていて 騒然とする。いつもうるさいくらいの雑音と目もあけられないほどのネオンの光が 私たちを浮き彫りにさせた。

 「やっと来たネ」

 待っていたよ、と言わんばかりの神威の台詞に動揺した。 そんなはずはない。彼が私を待つ理由なんてどこにもないはずだ。

 「…どうして独りにしたの?」
 「そんなの、を全部俺のものにするため」

 からからに乾いたはずなのに、神威が笑うと苦しくて、切なくて、 こみあげてくる何か。指先から刃が零れ落ちる。 相も変わらず神威の表情は飄々としていて明るい。傘がくるりとまわった。

 「一緒に来るノ?それとも今此処で野垂れ死ぬ?」

 乾ききったと思っていたはずのなみだが、頬を伝う。 これは歓喜の涙、なんだろうか?私にはそれがわからない。 麻痺してしまった脳を如何する術も見つからず、伸ばされた神威の冷たい腕をとった。
 嗚呼、私きっと、彼に殺される






レイディラー
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