馬鹿げている馬鹿げている、馬鹿げている。 馬鹿もいい加減にすればいいのに。 私は混濁したこの想いを唇で噛み締めた。 真っ赤に染まった腕と手と、目の前にして(ああ、もしかしたら私、悔しいのかもしれない) な み だ も こ ぼ れ な い も の

「…悔しいかい?」

窓辺に黒い影、そして鼻につく鮮血の匂い。麻痺して目線さえも微動だにしない。 逃げたいのに、逃げれない。彼の手から、離れることなんてできるのか、否出来るわけがない。 約一時間前の温かい団欒が嘘のよう。マグカップに入ったココアが冷たくなっているのは 誰のせいか?今目の前にいる男が、私の愛する者の命を奪ったのだとしたら、 私はその男をきっと、一生、赦さないだろう。

「神威、」

強く噛み過ぎた唇から、流れ出る血が呼吸をしていない彼の傍に落ちる。 さっきまで、唇を合わせていたのに。どうして?

「苦しいかい?」
「神威、神威、かむ、い、」

私を殺しにきたの?あなたを捨てた私を、ずっと憎んでいるの?

「やっと、見つけた。」

相変わらずの笑顔を張り付けて、ずっと私を探していたのね。 三年前のあの時から。

「俺の。」

近寄らないで、心の中で声を大にして叫んだけれど言葉としては出てこなかった。 彼の眼光に委縮して震えと嗚咽しか交らない。なんて、陳腐な私の口。 いっそのこと、神威の姿さえ見えなくなってしまえばよかったのに。 そうすれば三年前のあなたの姿、声、ぬくもり、全部忘れられたのにね。 今更逃げた私に、あなたは復讐しようとしているの?

「…あ、」
、今まで何をしてたの?」

驚くほど冷たい神威の手が、私の頬に添えられる。 吐息がかかるほど、顔が近いのに上手く視点が合わせられない。 怖い、怖い、あなたがこわいよ神威。(だから、私は三年前のあの日から) (あなたの傍にいられなくなった)

「震えてるよ、。怖いの?」

ぐしゃりとあの人の頭を神威が潰す。 飛び散った血液が私の顔、身体、髪、すべてにいたるまでに汚染していく。 とうとう唇から血が伝った。手がじんじんと麻痺しているのは強く握りすぎているせいかもしれない。

「俺はネ、一度だってお前のことを忘れた日はないよ」

けど悲しかったな、やっと見つけたと思ったらもう次がいるんだもんネ。 彼の声は淡々としているように聞こえて、意外と落ち着いていた。 一方で酷く優しく笑っている。この人ってこんな、笑い方もできたんだ。 興奮状態にある中だからこそ私の中の冷静な脳の一部が訴える。

「神威、ごめ、っ」

繊細で、残酷で、自分のことしか考えていないひと。

「神威、ごめんなさい…!」

どうして私が赦しを請うのか。言葉とは不思議だ。 一方で、愛する人を失った悲しみから神威を殺してしまいたいと思っているのに (きっと恐怖で思ったことと違うことをしてしまっているのだと) 自分に云い聞かせる。

「…やっと会えた、俺の愛しい人。」

神威は、人を殺すときと同じような微笑をして私に口付ける。 「の唇はいつ食らっても血の味がするね」なんて言う。 私は三年前のあのときを思い出して体中の血液が一気に逆流するような痛みを覚えた。






雲路の果て

(神威さんは私の中でDVをやってそうな人ランキング1位です。タイトルはCoccoさんの曲より抜粋)
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