一匹の烏が死んでいた。学校へ出かける途中、自転車を走らせていると 道路中央に黒い物体、暑さで遠目からは歪んで見えたそれは べとりと地面に貼りついているようだ。内臓が潰れているところが見えて私は初めて目を逸らした。 烏の血は夏の暑さでからからに干からびてピンク色になっていた。 登校前に嫌なものを見てしまった、と並盛中学校と書かれた正門をくぐる。 駐輪場に自転車を置いたところで息を呑んだ。

まるで先ほど見た烏のような真っ黒い影、目を細めると明らかにうちの指定制服ではない 学ラン姿。裏地は血色の赤。

「君、クラスと名前を言いなよ。」

ふあ、とさぞつまらないと言ったように欠伸をするとその人は生まれつき鋭い眼光を こちらに向けた。じろりと上から下までチェックされると紙を取り出した。 風紀委員と書かれた腕章が私の足元を委縮させる。

「三年のです」
「ねえ、知ってる?二分の遅刻。」
「知りませんでした、ぎりぎりセーフだと思ってたんで」
「そんな言い訳なんて通用すると思ってるの?」

呆れたね、なんて言いつつブラックリストに刻み込まれていく私の名前。 相手の名前は雲雀恭弥と言った。この学校で知らない者はいないくらい有名人物である。 むしろ有名、というよりは超がつく危険なやつ、といったほうが正解だ。 この人に目を付けられたら、生きては帰ってこれないなんて言われているしね。

「すみませんでした、以後気をつけます。じゃ、」

なるべく関わりを持たない方が正解だと思い、教室へと向かう。
しかし一歩進めた足は何かに躓かされて崩れ落ちた。 それとともに左足首に痛みが走る。
え、なに。

「誰が立ち去っていいって言った?僕の話はまだ終わってないんだけど」

え、なんなのまじで。出かかった言葉をごくりと飲み込む。危ない危ない。 この人にタメ口を使うなんてもっての他である。 (同い年なんだけども何故か敬語になってしまうのは仕方のないことだ)

「まだ何かご用でしょうか、雲雀恭弥さん」
「ワォ、僕の名前知ってたんだ」
「風紀委員長と言ったらあなたですから」
「…ねえ、…どうして君は、」
「え?」

上手く聞きとれなかった。だけど私の目に彼が美しくうつる。

「此処はつまらない?」

拳銃をつきつけられた時、ぴくりともひとが動けなるように 今の私はまさにその状況である。雲雀さんの言葉に不意を突かれた。

「どうして、そんなのこと…きくの?」

ばくばくと脈打つ心臓、全て彼に見透かされているようで動悸が止まらない。 そんな私を見下ろしても尚、彼の表情は変わらなかった。

「さあね、自分で考えなよ」

突き刺すような視線にじわりと汗が滲む。 確かに、雲雀さんの言う通り私は学校なんてつまらないと思ってた。 毎日同じことの繰り返し、朝来て友達に「おはよう」と言って 将来何の役に立つか分からない勉強をして、一体自分の目標が何なのかとか分からないまま 夕方になって友達にまた「さよなら」を言って家へ帰る。嗚呼、つまらない。 これが私の人生か、なんて。何かを変えたい、だけど、何を変えていいか分からない。 見た目?それともこころ?ぜんぜん、わかんない。 目の前が見えないほどの濃い霧がまるで私全体を覆っているみたいで、こわかった。 何も言わない私を怪訝そうに見つめる雲雀さんは、すぐに目線を逸らすと 胤を返した。ねえ、まって、あなたなら教えてくれる?わたしはどうすればいいのか、 どうしたらいいのか。あなたなら知ってるの?

「あ、なた、は、学校が好き?」

背を向けた彼に投げかけた問い、

「愚問だね」

まるで、君には教えない、と言われてるようで余計に焦った。 「嗚呼、でも―、」…気まぐれに何かを思いついたような雲雀さんの声に反応するように顔をあげる。 振り返った彼の横顔に上ったばかりの朝日がさした。

「好きなんてくだらない言葉は僕の中に無いんだよ」

それは微笑に近い笑みだった。そして彼は再び振り返ることはなくその場から消え去った。

そうか。あのひとは、愛してるんだ。
言葉ではひとくくりにできないくらいの想いを この場所に抱いているんだ。

なんて、なんて、綺麗な美徳を掲げる人だろう。私は、そう思った。





十五の思

(20090511|誰だって一度は学校が嫌になる時期ってあると思います←) inserted by FC2 system