一握の砂になりたかった女

その瞳が光を失った瞬間を、私は傍で見ていた。
白銀の髪が鮮血に染まるリアルな世界。
銀時は夜叉となって、ひとを殺めていた。
「銀ッ―!」
声にならない叫び、爆音とともに吹き飛ばされた私の四肢たちが悲鳴をあげる。
ああ此処で死ぬのだと、思いもよらぬ考えが浮かぶ。
眼中におさめた銀時の背中が見当たらない。
爛れた両腕がいたいいたいと血を流す。
足手まといだと分かって、止める桂と坂本を遮って戦場に立ったのは自らだった。
今更泣きごとなんて云うつもりはないけれど、その瞳から光を失った 銀時だけは見たくなかった。
「ぎん、…と、き」
「大馬鹿野郎だな、オメーは」
窪んだ眼球を見つめると、死んだ淡水魚のような目をしている。
どうしちゃったの、怖いの?痛いの?何も聞けない。
呼吸さえも優しく吐き出すことができなくて唯一、少しだけ笑えた気がした。
「こんなとこで死ねて満足ですかコノヤロー」
色を失くしてしまったかのように見える銀時の世界はこれからどうなるんだろう。
生きて、なんて綺麗なこと今の私には到底言えない。
「銀時。」
感覚の無い右手を彼の左頬に添わすと血にまみれた指先が触れた部分だけ焼けたような 熱い感触に苛まれた。
銀時がそれを微かに感じ取ったのかはわからない。
(だけどちょっとだけ、眉を潜めたんだ)
「飾らない笑顔と言葉を持ったあなたが好きだった。」
「遺言を残すにゃまだ早いだろ」
「もう一度生まれ変わったら銀時に会いたいな」
「気持ち悪ィこと言うな。死なねーくせに、」
重力に負けてずるりと落ちそうになった腕を無理やり掴まれる。
銀時が死ぬなと言っているような気がするのに私の腕はもう、痛みさえ感じない。
霞んできた私の瞳に映った銀時の頬が血で擦れて紅く染まっていた。
「やっぱり銀時に紅は似合わない。」
「は?」
「あんたは白が似合うよ。」
おい。おい、目ェ開けろつってんだろうが。
俺の声が煩いのも仕様がないだろう。
血とともに流れていく女の生を見逃さないように必死になった。
願かけなんて似合いもしねぇのに、微かな期待を持って名を呼び続けた。
最期の最後に女は微笑った。
綺麗でもなんでもない溝で死ぬみたいに血でまみれた 汚い笑顔で
「私は死なないよ」
と見栄を張った。
泣き事など俺は御免だ。
「銀時。この場は一旦退こう。状況が」
振り返らなくても分かる同胞の声。
蹲った俺の背に突き刺さる視線が痛い。
無言が、この状況を相手に伝えた。
「お前まさか―「ヅラ、…俺ァな、守ってきたつもりだったのかもしれねぇ」
刀をざっくり地面に突き刺すと何かが風に舞った。
から目線を外して見てみると砂埃が名も無い花の傍を駆け抜ける。
花は俺の刀が刺さって茎から半分に切り離されている。
その様子が何とも言えず、目に沁みた。
(俺は本当、何を見て、何をして、生きてきたんだろうな)
失われたはずの光を取り戻したような気さえする。
つもりごっこはもう止めた。
「俺はこの戦いが終わったら、抜ける。」
「一体何を考えているんだ。」
「背負うなんて面倒くせェ、」
「銀時、思いとどまれ」
「俺ァ死なねーよ?なァヅラ、最期まで美しく生きようじゃねぇか」
犠牲をもう増やしたくない、なんて格好良いことは言わねえ。
本当に面倒臭いだけだ。
「ありがとな、。お前のおかげで俺もすべて捨てれる気がする」

一握の砂を掴みたかった男
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