その青年は、とても他とは違う種類の人間だった。 朗らかで漂々とした雰囲気を持ち合わせながらも、ただのロメオではなく ただの人間でもなく、…そう、例えるなら古くならない原石かもしれない。 私は毎日時間をかけて彼を観察するでもなく、彼に話しかけるわけでもなく、 日々を送っているただの、そうただの人間だ。 性別は雌。日々の生活を送る中で彼に出会うとそれだけで 何かその日一日が幸福になったような気持ちになるただの女。これって何、これって美味しい食べ物? 答えは知っている、これは恋なのだ。 ただし、この恋が報われることはないのは最初から分かりきっている結末だとすれば (否、某副社長は言った。物語に結末などありはしないのだと、)だけど私は この恋が報われたとしても正直彼のような人間と付き合っていける自信など毛頭ないのだ。 だとすればこれは果たして本当の恋なのか?憧れではないのか? まるでコインの裏表のようにどっちつかずの気持ちなのではないのか、

「すみません、あのー」

思わず受け損ねたコインがレジの台へと乱暴に音を立てて落下した。 髪を耳に引っかける、目線をあげることができないのは、そのひとの声が 私のすきなひとのこえだったから。

さん?」

恐る恐る顔をあげると整った表情に唇を吊り上げて明るく笑うフィーロ・プロシェンツォ氏。 この人がマルティージョファミリーの幹部だと一体誰が思うだろうか。

さん、俺が来るたびにぼうっとしてるけど大丈夫?」

覗きこまれると余計だめ。紅茶色の瞳に今にでも吸いこまれそうなくらい、彼の目は澄んでいる のだから。こほん、と咳ばらいするとフィーロさんは気づいたように「おっと失礼。」 悪戯っぽく笑って身を引いた。

「今日はどういったご用件ですか?」
「花束をひとつ、」

フィーロさんの声をこんなにも聞きたかったはずなのに、ずくんと胸が締め付けられる気がした。 ああきっとこの花は彼女「エニスさんに、ですか?」にあげるんだって分かるから。 私、ちゃんと笑えてたかなあ。

「うん、そう。」

彼はちゃんと笑えている。心の底から幸せそうな笑顔で、笑えているからやっぱり目線を 合わすことができなかった。花束を選ぶようにして顔をそらし 店内を歩き始めた。(でも、すきじゃなかったらこんな汚い気持ちにもならないはずだ)なんて思いつつ。

「言おうと言おうと思ってるのになかなか言えなくて、さ。」

フィーロさんは毎回その理由で花を買いに来る。エニスさんに告白しようと決意するのは良いが、 結局言えないで花だけ渡して帰ってきてしまうらしい。きっとエニスさんの家には花の山があるん じゃないかと思うくらいに、「じゃあ、今日こそは告白しちゃうんですね?」「うん、今日こそは」 だったらエニスさんにはきっと清楚な花が似合うから白を。そしてフィーロさんの情熱な愛を 伝えるために薔薇を。

「白薔薇?」
「…ちょっと、あれですかねえ」
「ううん、いいよ。さんが選んでくれる花、俺は好きだから。」

きらめかしさと無邪気さをふりまく笑顔にたとえ故意な意味はなくとも、幸福な気分になるのは きっと、(あなたがやっぱり)(、すきだから)

「フィーロさん。」

まだ蕾のマーガレット、花開けばきっと綺麗に鮮やかに咲き誇るだろう。 私の中でもあなたへの想いは鮮やかだったのかな。

「これは私からです。」

せめてこの蕾が花開くまでは好きでいさせてくれますか?

「…ありがとう、さん」





マーガレットの


(フィーロさんフィーロさん)(、あのね、)(はあなたがだいすきです)
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