「ははうえ、おたんじょうびおめでとー!」

目の前に一本の紅いカーネーション、鮮やかにその分厚い花弁を広げて咲き誇っていた。 そこから覗いたのは彼に生き写しの幼な顔。

「統悟…?」
「きょうは、ははうえのひなんだってこんどうおじちゃんがいってたよ!」

カーネーションに負けないくらい笑顔いっぱいな統悟は、どうやら母の日を私の誕生日だと勘違い したらしい。それでも健気に花屋まで買いに行ったのであろう姿を思い浮かべると可愛くて可愛くて しょうがない。

「ありがとー!統悟、凄く嬉しい。お礼にぎゅーってしちゃおう」
「わ、ははうえっ!くすぐったーッ」

力いっぱい統悟を抱き締めると、照れたようなそれでも甘えたような声を出して笑う。 私はそんな統悟が小さい手で私の首へと手を回す仕種を見ると、うちの子が世界で一番可愛いんじゃないかと 思ってしまうくらいだ。そんなことを考えているとひゅうっと縁側を風が通り抜ける。 五月と言っても今日は少し肌寒い、時間ももう夕刻を過ぎていたし統悟と一緒にお風呂に入ることにした。 今の時間帯は統悟専用とされてる、幼いこの子は九時に寝る習慣をつけさせていたものだからお風呂はおのず と他の誰よりも早くなってしまうのだ。一番風呂というものに最初のうちは気が引けていたが今となってはもう 慣れた。何より私も、誰か他の人が入って来るかもしれないという気を遣わずに入れるので大抵一緒に統悟と入っている。 大浴場へと向かう途中で統悟も私も大好きな彼に遭遇した。

「あり、。…と、統悟?」
「っちちうーえー!」

仕事の帰りだろうか、上着を脱いで肩にかけていた総悟が長い廊下の先から歩いてきた。 統悟は、はしゃいで総悟に抱きつくと手馴れたように彼はあっさりと抱きとめている。 「おかえりなさい、」一言だけ言葉を放つと何かを察したように総悟が笑った。

「風呂かィ」
「きょうはね、ははうえのたんじょうびだからとーごがおせなかながすの!」
「誕生日…?」
「統悟ね、母の日と間違えてるみたい」
「あぁ、道理で。…そのカーネーションは?」
「くれたの」
「へェ、…お前中々やるじゃねェか。一人で買いに行ったのか」
「うん!ちちうえは、おしごと?」
「今日は外廻りだったんでさァ、汗だくだく」
「ちちうえもいっしょにおふろ、はいろ!」
「そうだねィ、母上に貢献してやるとしまさァ」

総悟は意味深に私を見てニヤリと笑った。そして三人で大浴場へと行ってる途中に近藤さんと土方さんに遭遇した わけだけど、家族でお風呂に入る旨を伝えると一緒に入りたがっていた。ちなみに近藤さんだけ。 土方さんにはひたすら総悟が死ねを言い続けていた。浴場にたどり着くまでなんだか凄く長い道のりをやってきた 気がしていたけど、湯船に浸かると一日の疲れがふわふわと白い湯気と共に浮かんで消えていく気がする。

「気持ちいいね、統悟」
「うん、」

統悟は私の問いかけにも上の空。その原因は、お風呂に浮かべているアヒルの玩具である。 これも近藤さんが買ってくれたものなんだけど統悟はお風呂に入る時、これに夢中。 追いかけるように広い湯船の中を泳いでいく。その小さい身体を眺めつつ隣にいつもは居ない 存在に少しだけ私の心臓がざわめいている。

「…なんでそんな遠いんですかィ」
「え!?」

自分の上ずった声に、また緊張した。隣といっても1メートルくらいは距離があるだろう、 だって総悟とお風呂に入るのって久しぶりだから緊張するんだもん。

「まさか、緊張してるとか?」
「そそそそんなことないよ…!」
「だよなァ、今更だもんな俺達。」

ニヤニヤとした笑いを貼り付けてどんどんとこちらに寄ってくる総悟に腰が引ける。 うあああ近い、どうしようもなく近い。肩と肩がぴとりと触れ合うくらいまで近づいた総悟から 洗ったばかりのシャンプーの香りがした。私の顔は全身の血液が集まったんじゃないかと思うくらい 熱い。突如、総悟が噴き出したように笑った。

「おま、…顔真っ赤じゃねェか。のぼせたんですかィ?」
「まさか、…面白がってる!?」
「何でィ風呂入るくれーで」
「だって久しぶりだし、さ」
「…ふーん、」

口ごもっていると、するりと腰に腕を回される。吃驚して目線をあげると、統悟が悪戯をした時の ような表情をして総悟がこちらを見ていた。湯船の中でするすると腰の辺りを撫ぜられる行為に 言いようのない羞恥が込み上げてきて困惑した想いで彼を見返した。一瞬、総悟から表情が消えた。

「あー!!!」

キーン、と耳に響き渡る甲高い子どもの声。はっとして振り向くと統悟がこちらを指差している。

「ちちうえずるい!とーごのははうえとくっついてる!」
「誰がお前のだコノヤロー。は俺のでィ」

そんな中私はただ一人良かった、と思っていた。熱を冷ますようにこの動悸を落ち着かせる。 あのまま流されていたら本当に危なかった。最近育児に追われてすっかり総悟との営みも 少なくなっていたものだから忘れていたのだ。私の旦那さまは世界一魅力的だということを。
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