統悟が生まれてから8ヶ月が経ったばかりの頃、台所では日々戦いが繰り広げられていた。 俺達は常に我が身を戦場へと置いているわけだが…屯所の台所はそれよりもある意味悲惨な事態になってたんでィ。 嫁のは付き合い始めた時からそんなに料理が出来る女ではなかったが、子どもが出来てから母性本能とやらが目覚めた らしい。いつもは女中に食事を任せるくせに「離乳食は私が作る!」と言って、必死で止める周りの声も聞かずに 突っ走ってやり始めた。そのせいで毎日こげ臭い匂いやら某風の谷のなんたらに出てくるオームの抜け殻のようなものが机に 転がっていたのだ。それを見て俺達はぞっとしたわけだが、統悟も1歳になろうとする最近になってようやく まともと言える食事を出すようになったのでほっとしましたぜィ。の乳ばかりを飲んでいた統悟も最初の 離乳食のまずさには流石に参ったのだろう、粥をさらにすりつぶしたどろ状のものを母に与えられた時は吐き出してやがった。 そりゃそうでさァ、俺でもあんなまずそうなもんは食いたくねェ。しかしだんだんまずい飯にも慣れてきた統悟は 離乳食もしっかりと食べて適度な果汁を取り、そして母乳ももらう毎日を繰り返していた。 やっと一日の三食全てが離乳へと変わった時、統悟は一人で起き上がって座れるようになっていた。 「統悟、ちゃんと口開けなせェ」 「あー…!」 今日は俺が非番の日。は神楽と妙と買い物に行ってくるから統悟を頼むと言って出て行った。 俺が休みの日にわざわざあいつ等と出かける必要ねェだろィ、と悪態をついたら日ごろコイツの世話 ばかりに散歩にさえ行けないのだ、と言い返された。いつも育児を任せっきりの俺はそれに返す言葉も 無かったの仕様が無く統悟と二人でを見送った。(まァ、たまには男同士で絆でも深めるか) 女中に頼んでおいた離乳食を受け取って、統悟に昼飯を食わせていた時のことだった。 「美味いか?」 統悟は満足そうに口をもごもごさせているが、あうあうと喋ろうとすれば口端から唾液と一緒に飯が零れている。 あーぁ、コイツきったねェなァ。思わずぷっと笑ってしまった。 「そりゃ美味いだろうな、かーちゃんの飯よりずっと。…てか、もうお前口周りどろどろじゃねェか。 そんな必死になって食うことねーんですぜ?もっとゆっくり噛みなせェ、…分かるか?分かんねーか、 こうすんでィ。俺みてェに…しっかり顎動かすんですぜホラ。」 「あいっ」 二人でもぐもぐと顎を動かす。それさえもなんかだ奇妙な光景に思えたが、美味そうに食う息子の顔を横目で見つつ 自分が父親であるという事を再確認した。俺がそう思いだしたのはコイツが生まれてから、かもしれない。 の腹が大きくなっているのを見てもぶっちゃけた話、あまりピンとはこなかった。ガキが居るんだとは思ったが 親父という立場があまりよく分からなかった。生まれたての赤ん坊の顔はそりゃァ醜いものだった。あんまりにも 猿みてェだから正直驚いた。だがこれが、また不思議なんでィ。その猿はあっという間に人間になった。 成長はめまぐるしいもので、この前までの乳を吸ってやがったガキが今じゃ食事らしい食事をしてある程度の応答 さえ出来る。一人で歩ける日ももうすぐかもしれねェなァ、こりゃ。 「統悟。飯食ったら稽古場でも見に行きやすかィ?」 「あきゃぁっ」 この返事は一体、どっちだ。しかし統悟はがよく笑う時のように無邪気な目をしていた。 頭をぽんと撫でてやると更に嬉しそうに口を開けていたので、良しとするか。 道場にはクソ土方が隊士たちに素振りをさせていた。チッ…何でェ今日は土方が指導者なんですかィ。 統悟を長時間抱くのには腕が疲れるので俺は背負って道場に来た。隊士達はこちらに目線を配らせて 息子を見ている(稽古励めよ野郎共) 「…何しに来た。」 「土方さん俺ァアンタが早く死なねーかと見学に…」 「テメェ、追い出されてェのか。邪魔だ。」 「俺が来たいって言ったんじゃねーですぜ、…コイツが」 明らかに嘘だろ、という目を周りがしたが運よく上機嫌の統悟が「あい!」と俺の背中で声を上げたので 野郎達はわっと声を上げた。一体何だってんでィ。 「そうか、統悟。お前もやる気になったんだなァ。良し俺が直々に稽古つけてやらァ」 「ちょ、土方ァ。気安く俺の息子に触んじゃねーぜ、性病が伝染る」 「お前は黙れェェェェ!!!」 「アンタ馬鹿だろィ、ガキが喋るわけねー…って何勝手に紐解いてんでィ!オイやめっ」 「お前に、統悟は任せておけねー。俺が預かる。」 背負っている息子を土方のクソヤローに無理矢理奪われた。クソ気分悪ィ。 「テメェ、マジ死ねよ。」 「言ってろ、あっちでやるか?統悟。」 当の本人はきゃっきゃっと笑って土方に抱きついている。どうやら統悟は性格は俺に似てないらしい。 土方のことが気に入っているらしく、それはあまり喜ばしくねェ。ムカついた俺は、二人を監視する事に決めた。 あの野郎、統悟に怪我させたらただじゃおかねェぜ。 統悟に危険が無いように道場から離れへと俺達は移動した。 「ようし、統悟ー。お前は今日からこれを使え。」 土方はあらかじめ統悟が握れるくらいの10cmほどの木刀を用意していた。 この野郎…まさか、生まれた時から持たす気で居たんじゃ…(馬鹿だ、ぜってー馬鹿だ) ソレの木刀を統悟は握って嬉しそうに振り回している。いや、おま、それ玩具じゃねーからな。 多分統悟は何なのか分かってねェ。 「いいかァ、真撰組男児である以上は敵前逃亡は切腹だぜ?」 「土方さん、アンタ頭大丈夫ですかィ?」 「とりあえずまずお前は振りから始めとけ。」 「土方さん、相手は赤ん坊ですぜ?」 「赤ん坊ん時から剣術やってりゃァミジンコだって上手くなるもんだぜ?」 「…俺ァ別に、こいつに求めてーや。」 そう、別に求めちゃいない。剣術をさせたくないのか、と問われればまたそれは別だ。個人的な意見を挟めば やはり息子には剣の道を進んでほしいと思う。だがそれは俺の勝手な意見だ。大人の勝手なエゴに振り回されるのは 俺がもし統悟の立場なら御免でさァ。俺は、テメーの夢はテメーで選んでいけばいいと思っていた。 進む道がたがえても構わないじゃねーか、俺と統悟が血の繋がった親子であることは消えないのだから。 「土方さん、俺ァ…」 「…分かってるぜ、総悟。俺だってなァ、こいつが生まれた時からずっと思ってたんだよ。 剣術をやらせてェ、けど…自分の道くれー自分で選ばせてやりたいってな。俺達はこんな仕事だからよォ、 生きてられるって保障はねェ。明日崩れ落ちて死ぬかもしれねーような腐った橋の上渡ってんだァ、いくつもの 敵や仲間の死体を超えてよ。それでも誇りもってんだ、テメーで選んだ道だからよ、振り返らねェように。」 「…。」 「でも見てみろ、こいつは自分で選んでんじゃねーかちゃんと。」 土方さんは目を細めていた。いつの間に、この男はこんな表情が出来るようになったんだ? 頑なに表情を崩さなかった鬼がいつからこんなに…。俺は目線を逸らして統悟を見た。 統悟はしっかりと餅団子みてェなちっせェ両手で木刀を持ち、上下にして振っている。 偶然ってこともありまさァ。だが、…(アンタは選ぶって言うんですかィ。) はぁっとこれ見よがしに溜息つくと、俺は統悟の頭をぽんっと撫でた。 「…そんなへらへら顔したらばっさりと斬られますぜィ?」 息子は不思議そうにこちらを見上げる。 その手にはしっかりと握られたソレ。やっぱり血は争えやせんねェ。 「お前の息子だろ?」 あぁ、正真正銘俺の息子でさァ。 ニヤリと笑う土方にムカついていたら、統悟は何を思ったか木刀をかっぷりと口の中に入れた。 「オイィィィィ!おま、それ食べものじゃねェェェ!」 「吐き出せ統悟!土方向いて勢いよく吐き出せ!」 「総悟テメーは黙ってろォォォオ!」 騒ぐ俺達の顔を交互にみて笑う息子。やっぱまだまだ分かってないみたいでさァ。 今はそれでいいのかもしれないと俺は思う。 何も考えず好きなことをやりなせェ統悟。いつかお前は選ばなきゃなんねー時がくると思う。 それまでに俺ももお前が選ぶ道を受け入れる覚悟くらいはしといてやりまさァ。
L'hirondelle
俺の息子がもうすぐ1歳になろうとしてた時の話 |