バタバタ…!っと廊下で音がした。俺、近藤勲は気にせず会議を続けた事を皆讃えて欲しいと思う。 その日は晴れ渡った休日で、何やら外で過激攘夷志士達が密会を開くと噂されている亀屋の近辺情報報告会だった。 俺の隣に居るトシが怪訝そうな顔をしたがどうやら気づかぬ振りをしたらしい。山崎、と俺が野郎の名前を呼ぶとうちの優秀な観察 は返事を一言返し立ち上がって報告をし始めた。…―バタバタバタ!あれ、また音してねーか、コレ。ったく外が騒がしいんだからァ。 あれかな、何か掃除でもしてんのかな。でも会議中は絶対やるなってトシが言ってくれてたはずなんだが。

「…っせェ。」

ぼそりと、トシが呟いた。その声を聞いて総悟が耳を澄ませると「誰でィ、土方さんちゃんと注意したんですかィ。この役立たずが。死になせェ」 言い出したので「お前が死ねェ!」と会議中にも関わらず二人が胸倉を掴んでいた。

「まァまァ、お前等よせって。俺が言ってきてやるから…」

ったくなんでこうコイツらはいくつになっても喧嘩するかなァ。でもまぁ、それがお互いの絆の確かめ合いなんだろうな。 バタバタバタ!あー…やっぱりこれは煩いな、うん。しょうがないけど、注意しよ。

「あぶーぅー!」
「………。」

開いた障子を閉めた。俺、今なんも見なかった、うん。ていうか何あれ、四つ這いしてる赤ちゃんが刀転がして遊んでたんですけど、うん。ありえないよな。 ってあれェェェ!俺の虎徹が無いんですけどォォォ!

「近藤さん、どうしたんでィ?」
「統悟がァァァア!統悟が俺の愛刀を!」

再度開けた障子の向こうでは、統悟が一人でお座りをしてこっちをじーっと見上げている。可愛でちゅねー☆ じゃなくてェェェ!可愛いけどォォォォ!可愛いけど、俺の虎徹が無くなってんですけど!

「あり?…統悟お前、どうして此処に来たんでェ」
「あきゃァ!」

総悟が俺の背後から顔を覗かすと統悟は父親が居てさぞ嬉しかったのか「あーうー!」と声高らかに叫んで手を伸ばして居た。 これは抱っこの合図だ。そんな息子を見て不思議そうに首を傾げるが慣れたような手つきで総悟は抱き上げている。

「母ちゃんはどうした」
「う?」
「いや、…何でもねェ。アンタもよくまァ動くようになりやしたねェ」

さすが俺の息子でさァ。って総悟は言ってるが、トシは呆れたように

「オイ、統悟。お前、父親に似たらろくなこたァねェぞ。」

そう囁いていた。そこでまた総悟とトシの喧嘩が…ってそんなことよりィィィ! 俺は統悟の座ってる付近にばらばらに落ちている破片に気づいちゃったんだけど!あれ、これ、…虎徹の鞘じゃね…?

「と、統悟……くーん。勲くんの刀はどうしたでちゅか〜?」

総悟にしがみついている統悟に答えかけると、「あう?」と首をかしげた。いや、あう?じゃなくてだなァ! 嫌な予感がしてきたァァァ!

「統悟おま…その散らばってるの刀の破片じゃねェかィ?」
「あ、本当だ。近藤さんの愛刀の虎徹だー。」
「…どうやったらこんなになるんだよ。」

総悟と山崎とトシが次々に俺の背後で呟いた。

「俺の虎徹がァァアアァアア!」



統悟0歳7ヶ月のある日、俺の愛刀虎徹をどうやったかは分からねェけど粉々にしたのが事件の発端。 トシは「コイツには何か才能があるぜ」と言ってたが、それが開花するまでそう遅くはない話だった。 っていうか俺の虎徹ちゃんんん!





「本当にすみませんでした!」
「いや、もういいんだ。しょうがねェからなァ。」
「しょうがないじゃ済みませんよ近藤さん。侍の命とも言える刀が…」

どうやら旦那の総悟から先ほどの話を聞いたらしい。統悟を抱きかかえてが俺の部屋にやってきた。 しかし謝る母親をよそに、統悟は俺の部屋に置いてある武装警察真撰組ミニカー(これは俺の趣味じゃなくってェェェ!なんていうかアレだよ。いつでも遊んでいけるようにだね、してるんだよ) で遊び始めている。は困ったように眉を寄せた。

「近藤さん、いけないことをした時にはちゃんと叱ってやって下さいね。遠慮はいりません」
「そうは言っても…なァ。」

可愛い子は目入れても痛くないという。先人は上手いことをいったもんだと思った。 そう俺は、自分の息子みてェに思っている総悟との子どもが可愛くてしょうがねーから何したって許してしまう。 息子と言うよりは、もう孫を持った初老に近い感じだ。「統悟、おいで。」とが遊んでいる統悟の意識をこちらに向けさせた。最近の統悟は動きが活発で四這いを得意とするどころか、掴まり立ちまでし始めていた。 そりゃーもう掴まり立ちをし始めたその日は、屯所中が大騒ぎ。野郎共がバカみてェに「こっちおいで〜」とやっては統悟を困らせた。っと話が逸れたな。 統悟はの呼び声に反応して嬉しげにこちらを見た。

「あのね、人のものを勝手に壊しちゃいけないんだよ。分かる?」
「う…?」

一体何の話をしているのか分かってないんだろうな。そりゃそーだ、まだ0歳児だし。 それでもは統悟と同じ目線になるよう顔を覗き込んでじっと見つめている。 何が何だか分からない統悟もまた、じっと母の顔を見て大きな瞳で見つめている。 一瞬沈黙。

「めっ、」

穏やかな表情をしていたが頬を膨らませ眉を寄せて、怒った。 それは怒るというよりはあまりにも可愛らしい。どっちかって言えば咎めるみてーな感じだ。 しかし統悟は母親譲りのその黒い瞳を瞬かせたかと思うと「うっ…ぅう」っと嗚咽を漏らす。 どうやら効果はあったらしい。

「うぁあぁぁあっん」

半年くらい前まで絶えず屯所中に響き渡っていた夜泣きと同じような声で統悟が泣き出した。 それを見て俺は総悟がガキだった頃を思い出した。こんなに幼い時に出逢わなかったにしろ、遊び相手もおらず一人で蹲っていた総悟は寂しくてよく泣いていた。 ま、静かだったけどなァ。どうせこんなんだったんだろうと思うと笑えてきて、そしてその反面懐かしくも感じる。 総悟の面影が強く残る統悟は顔をしわくちゃにして泣いている。頭に血が上っているように真っ赤だ。

「オイオイ、男が泣くもんじゃねーぜ?」
「わぁぁぁんっ」

泣いている統悟を抱き上げて背中をぽんぽんとしてやる。呼吸が荒い。 その小さな手できゅうっと俺の服を掴んで離そうとしない。ちょ、まじ可愛いんですけどォォォオ

「近藤さん、すみませんほんとに」
「まだ統悟も子どもだからなァ、分かってやったことじゃねーんだ。俺も気にしてなどおらんぞ。 それよりも、こんなに泣かせていいものか?」
「いけないことはしちゃいけない。こういうのはきちんと教えるべきなんです、…ただ大人がやっちゃいけないことは 子どもに恐怖を植え付けること。最近問題になっている虐待とか、ね。」

は母親の顔をしていた。総悟と結婚する前から彼女のことは知っていたが、こんな顔を見たのは初めてだった。 然るべきことをきちんと見据え、母としての芯を、決して立派とは言えないが持っている。それはとても価値のあるものだと俺は思う。 統悟のこの先はきっと大丈夫だろう。なんせ父親が総悟で母親がだからな!

「総悟は…幼い頃に両親を亡くしたと聞きました。それでお姉さんがお母さん代わりだった、と」
「あぁ、そうだな。」
「私がこの子を身篭ったと打ち明けた時にね、総悟が言ったんです。自分は両親が居なかったから ぶっちゃけると親っていうものがどんなのか分からないって。」
「そうなのか?」
「でもね、二人で愛することなら出来るんですよね。私だって親は居るけど母親って立場がどんなものかは分からなかった。 分かるはずないんです。けどそれを教えてくれたのがこの子で…与えてくれたのが総悟だから…私はふたりに凄く感謝してる。 良い父親、良い母親になろうとしなくていいんだって思うんです。私が両親に愛されて育ったように、総悟がお姉さんや近藤さんたちに 愛されて育ったように、今度は私と彼でこの子を愛していけたら…」
「それだけでいいと思うぜ、俺も。」
「はい。」

幸せそうに笑う彼女を見て、こっちまで笑顔になってしまう。いつの間にか泣き止んだ統悟はの顔をじいっと見て 何かを訴えているようだ。それに気づいた彼女は「おいで」と優しく微笑んで統悟に手を差し伸べる。 そうなれば俺なんかに用は無い。統悟は母に手を伸ばして抱きついていた。やっぱり、がいいのだ。 子どもは分かっていないようで分かっている。誰に一番愛されているのかも、分かってんだ。

「アイツも分かってると思うぜ、なァ総悟?」
「へ?」

障子を開く音がした。

「…そうですねィ。」
「そ、総悟…!居たの!?」
「近藤さん、いつから気づいてたんで?」
「お前が部屋の前に来た時からだ。」
「ちぇ、つまんねーの。」
「え、まっ…ちょ、さっきの話どこから聞いてたの?」
「どこでしたっけねェ…アンタが、めって言ったところくれェから?」
「最初の方じゃねぇかァァァア!」
「ところで近藤さん、刀すいやせんでしたねェ」
「お前も前に一本折ってることお忘れなく…!」
「…親が親なら子も子だね」
「アンタも親でさァ、バカ親だけどな。」
「…近藤さん。刀代は総悟のお給料から引いてくれてかいませんので!」
「マジでか。」




Douce plainte
そんなわけで本日も俺達は笑って過ごしています、っと。
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