その日の夜、総悟が緊急会議に呼び出された時は息子の隣で例のアイマスクをつけて寝ていたところだった。
起こした私に不機嫌丸出しの顔をして、呼びにきた隊士には悪態をついていた。でも仕事ならしょうがないよね、
という私の一言にむすっとすると溜息を一つ零して近藤さんの部屋へと向かって行ったのだった。
私はその間暇になった(というかもともと暇だったから)編み物を続けていた。なんとかして統悟のくつしたを作って
あげたいなぁと思い、生まれる前から作っていたはずなのだがまだ片足分も出来ていない。
何しろ編み物をやりたがるのはいいけど、成功した試しがないのだ。マフラーだってセーターだって挑戦しようとしていつも挫折する。
でも皆そんなもんじゃね?え、…そうだよね?とにかく、不器用なのが理由になるはずがない。やっぱりやり遂げたいじゃない?
ということで地道に鈎針で細い網目を作っていく。あーやっぱこの作業飽きる。 「ぅっくん、」 はっとして靴下らしきものから顔を上げると統悟が嗚咽を漏らしていた。頬っぺたをぷうと膨らませたかと思ったら けふと口から垂れ流した白乳の液。先ほど飲ませた私の母乳だ。そしてソレを吐き出した瞬間にふぎゃぁ!と声を上げて 泣き始める。 「統悟っ!?」 慌てて駆け寄り抱きかげると、次々と口から母乳を吐き出して流している。どうしたんだろう、まさか私のお乳がまずかったとか!? 口端を拭っていると静かになった。泣き声が、聞こえない。 「ちょ、と、とーご!」 喋らない、ただ、口をぽかりと上げて。目をきつく閉じて、息子は私の腕の中ぐったりとしていた。 まさかと思って額に手を当てると、かなり熱い。 「熱!」 赤ん坊の体温は元から熱いのは知っていた。けれど今までにない熱に驚いて手を離す。 呆然としてどうしていいか分からなくなってしまった。どうして昼のうちに気づかなかったんだろう、どうして。 でもあの時はそんなに思わなかった。統悟はよくお乳も飲むし、吐き出したことなんて一度もなかったのに。 私が油断してたんだろうか、母親失格なんだろうか―ってそんな事言ってる場合じゃないィィィ! 病院っ!医者っ…!総悟!! 混乱した自分が向かった先は近藤さんの部屋だった。 ◇ 「総悟ォォォォ!!!」 ばったーんと音を立てて開いた近藤さんの部屋にはたくさんの隊士たち。 そして彼等は一斉にこちらを見た。 「…?」 「オイ、今は会議中なんだが?」 不機嫌そうに土方さんは私を見たが、統悟が腕に抱えられているのを見て吸っていた煙草を灰皿へと押し付けていた。 でも私はそんな小さな彼の心遣いにさえ感謝する暇もなく、総悟の傍へと駆け寄る。 「お前…「統悟が!統悟が死んじゃう!!」 「は?!」 「どういうことだ!?」 近藤さん、土方さん、周りの隊士たちまでこちらに寄って統悟の様子を眺めてきた。 もう必死になって統悟を離すまいと抱きしめていた私も総悟や皆の顔を見たら涙が出てしまう。 どうしよう、統悟が死んだら、どうしよう。ただそれだけが不安で。 「落ち着きなせェ、。何があったんで?」 彼のゆるりとした落ち着いた声に、少しだけ深呼吸をした。大丈夫、総悟が居る。 「…さっき、統悟が呑んだ母乳を吐いて驚いて駆け寄ったら一回だけ泣いたんだけど…でもそれからこの調子。」 ぐったりなって動かない息子を見せて、「熱があるみたい」と呟いた。 総悟は統悟を覗き込んで額に手を当てると「あぁ、熱ィな。」と言って、近藤さんを見た。 近藤さんも土方さんも頷くだけ目配せをすると、彼は私の体ごと引っ張り上げて「後を頼みまさァ」と隊士たちに一言。 私達はその場を後にしようとしていたら、部屋の中で「医者を呼べェェェ!」という皆の声が聞こえて、また涙が出そうになった。 自室に戻って、もう一度統悟を寝かしつけると少しだけ私も冷静になれた。 統悟は少し、唸って、また静かになって、その繰り返し。荒い呼吸を立てて、眠っている。 頑張ってね、お母さんも、お父さんもついてるよ。 息子から目線を移して総悟を見ると、統悟を挟んで前にあぐらをかいて彼は座った。 その表情は至って普通で慌てている様子もなければ心配している様子でも無い。随分と落ち着いている。 すると、廊下がバタバタと騒がしくなり始めた。 「沖田隊長っ!今、医師が到着しまし…ってギャァァア!!」 「ちょ、総悟ォォォ!?」 何を思ったのか、知らせに来てくれた山崎さんの首を掴んで総悟は刀を抜いた。 「さっさと連れて来い。じゃねェとその医師どもの頭切り落としますぜィ?」 「おおおお俺関係なくねーですか?!」 「山崎、まずはお前からでィ」 この人全然冷静なんかじゃないよォォォ!だって目がものっそい血走ってるんですけど! 本気の目ェしてるんですけどォォォ!だ、誰かァァァ! 「やめとけ、総悟。これじゃ医者が脅威して診るもんも診れなくなるぜ?」 山崎さんの後ろで覗いた土方さんと…それに続く医師軍団。皆顔が引き攣っているんですけど、あはは。 私は立ち上がって、この子です。と言った。総悟は舌打ちをして、山崎さんを降ろすと (というか外にぶん投げた)白い服を着たお医者さんたちが次々に部屋の中へと入り、それに続いて土方さん、 近藤さん、隊士たちまで入ってこようとしたから…え、ちょオイオイ。流石にこの部屋にそんな大人数入らない上に こんな密集されたらお医者さんたちも迷惑じゃね?ったく、この人たち何やってんだか。呆れてものも言えないが、 優しい心を持ったこの人たちににっこりと爽やかな笑顔を私は向けた。 「邪魔。」 ピシャン!と閉めた障子の向こう側でただ「!開けてくれェェ!」と煩い。 総悟はくくっと喉を立てて笑い医師達に刀を向けて「オイ、もたもたしてんじゃねェ。さっさと診ろ」脅しているし (ちょっとお医者さんがたがた震えてるんじゃないのォォ!)ただもう外はワーワーやかましい。煩い煩い。 お医者さんは息子の服を脱がして汗ばむ肌を軽く拭き、聴診器を当てていた。 「………死なせたら、テメェら全員地獄に送ってやりまさァ」 恐ろしく低い、総悟の声に医者達は全員がこいつドSだー!!!って顔をした。 分からないように溜息をついて、ばしりとその栗色の頭を叩く。総悟は少しだけ目を伏せてこちらを見た。 不安なのは、同じだよ。うん、分かってるからそんな捨てられた子犬みたいな顔しないの。 「ただの風邪ですね。」 医者の診断はこれだった。10分も経たないうちに診断は終わり、総悟も私もただぽかんとしている。 「本当ですか?」 「はい。」 「嘘吐いたら、テメェら全員地獄に―」 ばしり、とまたさっきと同じ頭を叩く音が部屋に響く。彼は今度、拗ねたように顔を背けた。 あーもー話最後まで聞きたいのに、こいつは。でもこいつらなんだって思ってんのは一番お医者さんたちじゃないかと思う。 いきなり脅されて(絶対そうだ、皆ならやりかねない。あんな短時間で来れるはずないもん)連れてこられたかと思うと 大勢の隊士たちに門の前で睨まれて、それで迎え入れてきたのか鬼副長土方十四郎。そこで多分一発脅しでも入れたんだろうな、だって 部屋に入る前からあの人瞳孔開いてたし。それで外では隊士が騒がしいは、入ってきた部屋で父親である男に脅されるは、 殺される覚悟してたんじゃないかなぁマジで。凄い勇気だよ。余程の自信ないと、たぶんはっきりと風邪だと言えない。 ということは…この診断は多分当たってる。 「子どもは免疫力が本当に弱いですからね。感染しやすいんですよ。」 「そういやァ、隊士の吉田がこの前風邪引いたって言ってやした。」 「あ、吉田さんなら昨日統悟を抱っこさせてくださいって来てたけど。」 「吉田ァァァアァァア!」 廊下でバタバタと音がする、総悟は刀を握って出て行った。かと思っていると外でうぎゃー!という声が聞こえた。 吉田さん、ご愁傷様です。 「話を続けても宜しいですか?」 「あ、はい。すみません。」 「乳児の場合は大抵母体の免疫があるので病気になる場合は少ないのですが、この子の場合免疫が切れたのが 早かったようですね。まァ少しずつこうやって免疫をつけていくので心配はありませんが」 「じゃ、私はどうすればいいですか?」 「定期的に汗を拭いてあげてください。ミルクは普通にあげてください。」 「吐き出したらどうすれば?」 「吐き出したらそこであげるのをやめてください。」 「それから便が下痢気味になると思うのですが、あんまり心配はありません。熱冷ましシートを出しておきますね。 決して薬はご自分達で調合して飲ませたりしないように。ミルクが一番の薬ですよ、お母さん」 「……分かりました。本当に、有難うございます。」 お医者さんのあったかい声に、涙が出そうになった。不安が安堵へと変わり、息を吐いて統悟を見る。 「あぁ、そうだ。」 送り出そうとした医師が何か思い出したようにこちらを見た。 「絶対安静、ですよ。」 そのにっこりとした笑みに一体どんな意味が含まれているのか、私は分かったような気がする。 そしてその日の夜は統悟に会うのは面会謝絶。 総悟でさえお風呂に入って汚れを落として外で殺菌してもらわない限り絶対中には入れなかったし(これには彼もぶつぶつ言っていたが渋々とやっていた) 当然の如く、次の日の見舞いも禁止。近藤さん、土方さんも何かと理由をつけて部屋へと入ろうとしたが追い払ってやった。 土方さんの場合は、総悟が部屋の外で大音量のスピーカーを持ち「土方帰れー!」と言っていたから寄らなかっただけだけど。 もちろんその音量の大きさで、統悟がびっくりして泣き出したもんだから、その日は総悟も部屋へ入れなかった。(これには彼、反省していたらしい) そうして三日後、玩具を持って振ったりする息子の元気な姿を見て、真撰組屯所に歓喜の声が上がった。
Inquietude
心配したのよ可愛いこ それでもあなたはこんなに愛されてる※このお話はフィクションですので治療法などをあてにしないでください。 |